バランスの大切さ 難病リスクを減らす【難病と私7】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、強いストレスが掛かった時期に、発症した私の急性サ症の経験から、どうすれば難病になるリスクを減らせたか?の反省。

その反省に基づき、バランス感覚の大切さなど について、思うことを書いています。

サ症のような難病は、一度なってしまうと、恐らく一生付き合うことになります。

この記事が、サ症や難病で苦しむ仲間の何かご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の春頃、50歳を目前に、突然 指定難病の(急性)サ症になりました。

サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

*サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

バランスを持って生きる

サ症の発症や病態悪化について、ストレスとの関係性が述べられている症例報告があります。

ご参考:*サ症とストレスとの関与:日サ会誌2009;29:3-7

私の場合も、勤めている会社の経営難が長引き、その悪影響が、当時いた海外の現場に押し寄せた頃、急性の難病を発症しました。

また、強いストレスが掛かった時期に、難病を発症した人を、身近に何人か知っています。

人生後半での難病発症は、心身ともに本当に辛く、苦しい経験です。

サ症になってから、なぜ難病になったのか、ストレスの対処法はなかったか?

何度も何度も考えました。

心・技・体のバランス

「心・技・体」とよく言いますが、発症前、私はこのバランス感に欠けていた、と思います。

特に「体」が決定的に欠けていて、自分もこれを軽視してきた反省が強いです。

40歳目前で、念願かなって海外で会社経営に携わるチャンスを頂きました。

海外赴任の中盤から、その国の経済状況や、本社の経営状態が悪化し、長期化しました。

それらのストレスがピークに達した頃に、50歳を目前に、急性サ症を発症しました。

 

「心」は10年間の新興国でのサバイバルな環境で鍛えられ。

「技」は日本本社や海外の現場でそれなりに鍛えられていたはずです。

しかし、それを支える「体」が、絶対的に足りませんでした。

例えれば、基礎工事の無い土地上に、良い家財が置かれた、強固な家を建てるようなものでした。

子供の頃から、部活動が続かず、体育会系と距離を置いたバチが、最後に当たったのでしょう。

時既に遅し、ですが「心・技・体」3つ揃わないと大目標の達成はないと思います。

変化を柔軟に受け入れる

「変化」に強い嫌悪感を持つ人は多くいます。

一般的に、変化を受け入れるのは、大変で、その為には気力や体力が必要です。

しかし、変化を拒み続けるなら、視野は狭まり、頑固になり、人にも敬遠されていくでしょう。

それで良いと言っても、人は人とのつながり無しには、生きれない生き物だと思います。

10年間の海外生活で、異なる考え方の人々、文化、風習を、自分なりに柔軟に受け止めてきました。

一方、本社が買収され、企業風土/文化が変わっていく、その変化を受け入れれない心がありました。

日本からの大きな変化の波に、私と心と言う、ちっぽけな堤防は一瞬で決壊しました。

もっとしなやかで、柔軟に、しなるような心であれば。。。

かと言って、会社を去ったり、魂を売ったり、と言うことが性格上出来たのかは疑問です?

いずれにせよ、時に強固に、時に柔軟な、そう言った心の鍛錬が必要と思いました。

生きがいを見つける努力を続ける

子供の頃から、将来の夢とか、熱中できるものとか、何もない人間でした。

一方で、モノの見方や考え方が、周りの人と違うようで、変わり者とか、頑固とかよく言われました。

結果、生きがい見つけを継続せず、少し自信なく、何かに劣等感を持って、生きてきました。

親や周りの顔色を見ながら、なんとなく大学に行き、なんとなく就職し、それでいて融通が利かない。

間違っても良いから、もっと、強く・自信のある自分の積み上げをしておくべきだった、のでしょう。

この姿勢・生き方が、ストレスの大波(難病の引き金)を目の前にして、マイナスに出ました。

高いストレスの波を前にして、それを乗り越える強さも無い。

一方、融通の利かなさから、逃げたり、交わしたりもできない。

結果、難病になり、それまでの小さな積み上げを失い、それ以上に、健康な身体を失いました。

人は生まれる時に、この世で体と言う服を借り、死ぬ時にお返しする、と本で読みました。

私は、借り受けた大切な服に穴をあけた、礼儀に欠ける行いをしました。

 

「生きがいを見つける」と言うのは、難しいことかもしれません。

ましてや、それを仕事にすると言うのは更にハードルが高いと実感します。

しかし、なんとなく 流されてきた私は、肝心な所で、自分の進退を決める根拠に欠けました。

たとえ、生きがいを見つけれないまでも、見つける努力は継続すべき、と反省します。

個の力を高める

もう一つの大切なスキルは、原点に戻って、個を高めることだと思います。

生きがいを見つけること、個を高めること、いずれも生きる自信や確信につながるでしょう。

個を高めるとは、即ち、学び続けること、だと思います。

知り合いの偉い法学者にお会いしたとき「一生勉強」と言ってられました。

日本人は、学校を卒業すると勉強をしなくなるが、そこからが本当の勉強の時間だと。

これも、時既に遅しですが、今、休職期間を使って、行政書士の勉強をしています。

法律と言うと、堅苦しく、窮屈なものと、勝手に決めつけていました。

しかし、学んでみると、人が自由や平等を勝ち取る為の、苦悩や喜びが反映された歴史小説のようです。

私の職種だった管理や経理なんかより、ずっと面白く、興味深いです。

 

学ぶことの最終目的は、自分で考えた「自分のオリジナル」を作ることだと思います。

会社に頼らなくても、自分のオリジナリティを武器に、最後は、自分の腕一本で、何とか食べていける。

もし、そんな自信があれば、ストレスが掛かった時でも、難病のリスクから逃れられるかもしれません。

(参考図書: 考える練習帳 著者:細谷功 ダイヤモンド社)

とは言え、無理な時は逃げる

以上、いろいろ書いてきましたが、上記を全て備えるのには大変な努力が必要です。

私のような、常人では一生無理かもしれません。

なので、非常事態では、迷わず逃げる訓練をしておくことも大切だと思います。

継続は力、石の上にも三年、と言った格言通り、日本には、逃げることを嫌う文化があります。

周りの人も、もう少し考えてとか、我慢してとか、奮起を促す傾向があります。

それが仕事の場合、周りの人にとっても死活問題だから、当然なのでしょう。

が、その時、自分はすでに崖っぷち、どころか既に、崖の上につま先立ちの状態かもしれません。

現に、私はそうでした。

私は、時期さえ間違えなければ、逃げることは決して悪いこととは思いません。

先の戦争も、もっと適切な時期に、降伏して(逃げて)いれば、沢山の尊い命が救われていたでしょう。

 

サ症になる前、地位・学歴・お金など 相対的価値(人と比べて自分はどうか)の中で生きて来ました。

しかし、それらのほとんどを病気で失いました。

そのおかげで、今は、自分の正誤、善悪にそって、価値判断が出来るようになりました。

これを絶対的価値観(自分はなぜ存在するのか など)と言うそうで、これを磨くと、人間として成長できるそうです。

最悪、難病になっても、また新たな世界が見れたり、学びがあったりします。

生きていると言うことは、それだけで、とても意味深いと感じます。

最後に

今の世界は、従来のやり方、過去の価値観だけでは、新しい価値創造が難しくなりつつあります。

世界的に付加価値の高い起業は、米国や中国のアイデアに富んだ新しい企業です。

ネットにより、社会変化のスピードは速く、日本は、少子高齢化の加速で、待ったなしの状態です。

より、心・技・体のバランス生きがい個を高める、これらの重要性が高まっていくと思います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ステロイド治療 私の副作用【ステロイド1】

このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間、ステロイド治療に関心がある方に向け書いています。

ここでは、昨年、私が始めた、ステロイド治療の副作用について実体験に基づき記事にしています。

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の夏頃、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

 

私は、昨夏(20年)から、肺サ症の悪化により、ステロイド剤(人体の副腎皮質と言う器官から分泌されるステロイドホルモンを基礎に作られた薬)内服による治療を始めました。

ステロイドは、素晴らしい薬である反面、副作用が大きな問題になる薬です。

関連記事を読むと、その効果や副作用も、人によってバラバラのようです。

あくまで一例ですが、現在/今後、ステロイド治療をされる方の、何かのご参考になれば幸いです。

尚、薬の処方等は、全て主治医(専門医)の指導によるものです。

発症~ステロイド治療までの経過

私のサ症は急性で、心臓を除いた大半の臓器に病変があり、強い自覚症状も多くでました。

サ症は、その一部が慢性化、難治化する一方で、自然寛解することも多い病気です。

自然寛解を視野に約3年間、経過観察してきました.

しかし、徐々に肺の影が悪化、呼吸機能も低下してました。

そこで、昨夏、入院してステロイド剤(内服)による治療を始めました。

私の服用するステロイドは、プレドニンと言う、オレンジ色のとても小さな錠剤です。

しかし、この小さな粒が、私には劇的な効果をもたらしました。

ステロイドのいろいろな副作用

今、ステロイドの内服を始めて1年弱になります。

ステロイドの主な副作用に、日和見感染、骨粗しょう症、糖尿病、ムーンフェースなどがあります。

ここでは、私の実体験も交えて、ステロイドの副作用について書いています。

日和見感染

ステロイドの副作用の一つとして免疫力低下があります。

健康体なら問題ない病原体(カリ二肺炎、カンジタなど)に感染する、日和見感染(ひよりみかんせん)を起こすことがあります。

私の治療は、20年8月初に入院し、プレドニン 30mgから始まりました。

開始から2~3週間目が、特に感染症を起こしやすいので注意するよう、主治医に言われました。

外部と遮断されたコロナ禍の病棟。

感染リスクは非常に低い状況でしたが、それでも以下の軽い感染症を自覚しました。

  • 皮膚の生検をした傷口の治りが悪かった。→ 抗生物質+塗り薬で3週間ほど掛かりました。
  • 口腔カンジタに感染し、舌が真っ白になりました。→ 毎日、ブラシで舌の表面の菌を取りました。

今は、バクトラミンと言う、免疫増強の薬(1錠/日)を服用しています。

その後、感染に係わる目立った副作用は出ていません。

骨粗しょう症 や 顎骨壊死(がっこつえし)

入院中に、骨粗しょう症のリスク予測のため、骨密度を図りました。

レントゲン写真を撮るような機械で、痛みも無く、簡単な検査でした。

 

背骨の骨密度は同年齢の平均値以上でしたが、下肢は平均値の80%くらと異常値でした。

思い起こすとサ症発症時、一時的に歩行障害がでて、足を引きずっていた事がありました。

その後治りましたが、サ症は下肢の骨/筋肉に影響していたのかもしれません。

 

ボナロンと言う、骨を強くする ゼリー状の薬を週1回飲んでいます。

この薬は、飲んでから30分間は、寝転んではいけない、少し変わった処方のお薬です。

ボナロン(ビスホスホネート系薬剤)の副作用で アゴの骨が腐る、顎骨壊死(がっこつえし)になることがあるそうです。(確率は低いそうですが)

抜歯した所などから菌が入り、治療に1~2年も苦しむ人がいると、口腔外科の先生に聞きました。

そこで、服用前に治療の必要な歯が無いか、歯科検診を受けました。

週1回の薬なので、飲み忘れに注意です。

糖尿病と血糖値

私のサ症の自覚症状の一つに、味覚障害がありました。

何を食べても同じ味で、味が無く、とても辛い時期が続きました。

その後、治った気でいましたが、ステロイド治療が始まると劇的に味覚が改善しました。

(舌の神経の肉芽が小さくなり、味を沢山感じれるようになったのでしょうか?)

食事が美味しく、また、ステロイドの副作用の食欲増進も加わりました。

たった3カ月で4キロも太り、あっという間に血糖値(HbA1c)も高値になりました。

食欲に任せて食べると体重も血糖値も上がるので、毎朝体重を図り、体重維持に取り組んでいます。

食事は、朝、昼を多めに、夜は少なめに変更しました。

体を作るタンパク質を効率良く接種する為、プロテインも上手く活用しています。

昔から、いくら食べても太らない私が、まさか、ダイエットを意識するとは。。。

人生、何が起こるか分かりません。

骨の為に、理学療法士の先生に教わった、サバ缶、もずく、豆なども意識して取っています。

また、肝臓のγGTPと言う数値が、300前後の異常値(正常69以下)になりました。

これも薬の副作用、サ症の影響などですが、お酒を飲むのを週2回ぐらいに減らしました。

 

その他の副作用

他にも、いくつか副作用らしきものが発生しました。 

  • 気持ちがたかぶる

 ハイな状態が続き、意欲が湧きすぎ、寝付けず、心のコントロールに少し苦労しました。 

 異様な意欲に任せて活動すると、後でドッと疲れが来るので、平常心を養う訓練が必要でした。

 私は躁(ソウ)でしたが、反対に鬱(ウツ)になる人もいるようです。

  • ムーンフェース 

顔がしもぶくれのようになりました。 プレドニン10mgに近づき少しましになりました。

  • 多汗症

少し歩くと異常に汗が噴き出て、シャツがビチョビチョになります。

ボティ―シートが手放せなくなりました。 男性の更年期もあるかもしれません?

 

ステロイドは、長期間、大量に使うほど副作用のリスクは高まることを主治医に教えてもらいました。

副作用が出る/出ない、副作用の種類も、人によって様々だそうです。

しかし、これらの副作用を大きく上回るQOL(生活の質)の向上を実感出来ています。

ステロイドは、今の所、私にとっては「魔法の薬」です。

ステロイド副作用対策(私の一例)

以下は、ステロイドの副作用対策として、この1年、私が取り組んできた実体験です。

ステロイドの副作用は、本当に、人により様々らしいので、ほんの一例ですがご参照ください。

いかにステロイドを減らすか

副作用を減らすには、やはり使用量を少なく、使用期間を短くするのが第一です。

私は、今、53歳で プレドニン30mgから始めました。

残りの人生を考えると、まず10mgを切ることが目標です。

しかし、8mgまで減らしましたところで、再燃し、現在12mgまで再増量中です。

再減量できない場合、免疫抑制剤(リウマトレックス)を併用する検討も始まりました。

しかし、免疫抑制剤にもまた副作用があるそうで、結局、いたちごっこです。

サ症に漢方が功を奏した症例報告*を読みました。

神経科の先生が、東洋医学も扱われていて、再減量時は漢方の併用を試す予定です。

*呼吸誌1(1)2012:漢方治療が奏功した全身症状を伴うサルコイドーシスの1例

散歩とストレッチ

将来の骨粗しょう症のリスクを減らす為、散歩を習慣にしました。

歩くと骨や筋肉が刺激され、体力維持にも良い、一番簡単な全身運動だと、入院中に理学療法士の先生に教えてもらいました。

サ症の発症時は、心も痛んでいたので、ぶらぶら散歩が、心を休めるのにも良かったです。

5000歩/日で 週3~5回、月平均 3000歩/日を目標に歩いています。

 

ゆっくりした呼吸に意識を集中しながら歩くのがポイントと教わりました。

もちろん、日々の体調が第一優先です。

私はこの手のことが長続きしないのですが「ながら歩き」が、効果を発揮しました。

例えば、空調の効いた病院や買物の待ち時間を使い、ウロウロと歩数を稼ぐようにしています。

この効果もあり、この1年間続いていて、毎月の目標を達成しています。

 

ストレッチは、日々のQOL(生活の質)を上げる目的でやっています。

近所に良いストレッチのコーチを見つけたので、隔週30分してもらいます。

ストレッチをしてもらいながら、体や筋肉の仕組みを教えてもらいます。

例えば、昔、学校で習った方法だと、背中の筋肉が伸びるだけで効果が薄いそうです。

上半身と下半身をつなぐ、腰あたりの筋肉を伸ばすのが正しい方法とのこと。

体の構造を理解して、正しい筋肉を使うことで、自然と姿勢も良くなるようです。

 

他にも肩甲骨(けんこうこつ)を動かす大切さや、酸素の摂取量を増やす方法も教えてもらいました。

筋膜はがし機器や、安くて良いプロテインも教えてもらいました。

教えてもらったことを、自分で家で継続して実践出来るのも大きなメリットです。

簡単な器具を使ったリハビリ

他にも入院中のリハビリで学んだ、軽い筋トレも出来る範囲でやっています。

  • 椅子に座って、1kgの重りを巻いた足首の上げ・下げを20回、2セット/日。
  • 立った姿勢で、つま先立ち&戻すの繰返し、20回、2セット/日
  • バランスボードも正しい筋肉を鍛えるのに効果的だそうです。

最後に

ステロイドに対して、ネガティブな印象を持つ人を多くみます。

作用⇔反作用(効果⇔副作用)の功罪があるからだと思います。

私は、この薬に命を救ってもらったので、やはり素晴らしい薬だと思います。

後は、いかに副作用を上手くコントロールするかです。

 

ステロイドのサ症への有効性は、医学的に、まだ確立されてないようです。

しかし、少なくとも、私のサ症にはステロイドが良く効いています。

今は、長期的視野から、ステロイドを軸に体力をつけ、薬の減量を最優先で進めています。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

サルコイドーシス検査 体験【サ症6】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、私がサ症になって実際に受けてきた、さまざまな検査の体験を書いています。

今後、同じような検査をする際のご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

*サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

私のサルコイドーシス

私のサ症は、レフグレン症候群(急性サ症の一つ)と言う、日本人には珍しい型のサ症です。

下記の通り 疾患は全身にあり、これまで沢山の検査を受けてきました。

サ症のある臓器:目、肺、皮膚、神経、肝臓、脾臓

現在の受診科 :呼吸器内科、循環器内科、神経内科、神経科、眼科、皮膚科、整形外科(7科)

経験した自覚症状:痛み、シビレ、疲れ、味覚/歩行障害、ふらつき、飛蚊症、耳下腺の腫れ など

これまで受けた検査

ここでは、実際に受けた検査の概要、及び検査についての自分なりの感想(◎=楽勝、〇=普通、✖=つらい)を書いています。

評価はあくまで私の個人的な感想ですので、参考程度にしてください。

〇 呼吸機能検査(肺)

努力性肺活量(FVC)、肺拡散能力(Dlco)で呼吸機能の経過観察をしています。

[char no=”3″ char=”モモタ侍”]努力肺活量: 最大に吸った後、最後まで吐ききったときに、吐き出すことのできた息の量。  ガス拡散能力:体の中に酸素を取り込む能力。[/char]

肺活量や努力肺活量の測定は、下の絵のような「スパイロメーター」と言う機器で行います。

鼻をクリップで止め、呼吸管を接続したマウスピースを口にくわえます。

肺活量(基準値80%以上):

普通の呼吸を数回繰り返した後、大きく息を吐き → 大きく吸い→再び、大きく吐きます。

努力性肺活量(基準値70%以上):

静かな呼吸を2~3回繰り返した後、大きく息を吸い → 強い息で一気に全部吐きます。

息が枯れるまで踏ん張って吹き、息を吐き切るところが、少ししんどいくらいです。

下記が、私のサ症の呼吸機能の推移です。

呼吸機能検査(経過) 基準値 17年9月 18年9月 19年9月 20年7月 20年9月
努力肺活量(FVC) 80%~ 92.0% 89.8% 86.7% 71.1% 83.8%
肺拡散能力(Dlco) 70%~ 65.7% 79.3% 64.8% 56.4% 75.2%

発症から20年夏まで、呼吸機能が低下し続け、最後は、呼吸が浅くなりました。

その際、空気の有難さが身に沁みました。

20年8月ステロイド治療を開始、21年冬現在、呼吸は正常化しています。

✖ 気管支鏡・肺生検(肺)

肺に内視鏡のような管を入れて組織を取る検査です。

私は、胃腸の内視鏡は平気なので、そのくらいに思っていました。

しかし、肺に気管支鏡を入れるのは、けっこう痛くてつらい検査でした。

とは言え、サ症の確定診断には、この検査が手っ取り早いようで、大切な検査と聞きました。

✖ 造影検査

MRIや蛍光眼底検査の際、造影剤(画像判断を容易にする薬)を使って検査をします。

検査自体は問題ないのですが、造影剤がやっかいでした。

検査中に造影剤を注入するのですが、体がカッと熱くなり、ひどい吐き気が起こります。

数秒なので、吐く手前で終わるのですが、毎回辛い思いをします。

症状は、個人差があるでしょうが、私には辛い検査の一つです。

その他の検査

 〇 腹部/心エコー:内臓や心臓の経過観察の為、半年に一度、検査を受ます。

腹部/胸にゼリーを塗り、その上にプローブと言う器具を当てて内臓や心臓の状態をみます。

痛みは全くなく、指示に従って、息を吸って、お腹を膨らませて止める、のを繰り返します。

私は、研修医の訓練台になることが多く、横向きで長く静止している時間が少し辛かったです。

〇 生検(皮膚、肝臓):皮膚はメスで患部を開き、肝臓はお腹に注射を差し組織を取りました。

どちらも局所麻酔の注射が少し痛いくらい(歯の麻酔より痛くなかった)です。

難病の組織は、研究材料としても役に立つようなので、生検には積極的に協力しています。

◎ ガリュウムシンチ(全身):検査自体はMRIやCTと同じような感じで、全く痛みもありません。

検査前に注射や絶食がありました。

〇 髄液検査(神経):背中から注射を差して取ります。

脊髄が傷ついて動けなくなる?など 勝手に恐いイメージを持ってましたが、痛みも、手順も通常の採血とたいして変わりませんでした。

◎ 蛍光眼底検査(眼):ぶどう膜炎の状態を見る為に、眼底の写真を撮ります。

先に書いた造影剤の辛さを除けば、痛みも無く、座って写真を撮るだけです。

その名の通り検査後に蛍光色の尿がでました。

撮った写真をみると、眼の血管がブドウのようにボコボコに腫れていました。

だから、ぶどう膜炎と言うのだと思っていましたが、間違いでした。

ぶどう膜とは、茶目の部分から奥に広がる、虹彩・毛様体・脈絡膜と言う3つの組織の総称で、形も色もぶどうの房に似ていることから、そう呼ばれるそうです。

血液検査

月に一度は血液検査を行い、サ症の活動性や薬の副作用などを見ます。

アンギオテンシン変換酵素(ACE)、可溶性インターロイキン2レセプター(sIL-2R)などで活動性を見ています。

下記は、私のサ症の血液マーカー推移です。

血液検査(経過) 基準値 17年9月 18年9月 19年9月 20年7月 20年9月 20年10月 20年11月
ACE 7.7~29.4 55.1 26.9 32.8 34.8 20.1 14.6 15.4
sIL-2R 121~613 3,297 862 1,243 1,211 412 278 257
KL-6 ~500 684 725 1,008 981 1,063 614 523

サ症マーカーは発症時とても高く、その後 下降し、異常値のまま安定していました。

(間質性肺炎で高値になる)KL-6は、正常値から肺画像の増悪、肺機能の低下に伴い徐々に悪化。

いずれも、20年8月のステロイド治療により、正常値に戻りました。

最後に

難病は、一般的に治療法が無いので、体の変化を経過観察(検査)で見るしか無いようです。

疾患が全身にある為、病院に行くと各科をハシゴする日もあります。

ステロイド治療後は、呼吸器内科が、軸となり、サ症の症状全体をコントロールされてます。

アメリカには総合診療と言う概念が、古くからあるそうです。

免疫関連の全身疾患は、総合診療科が司令塔になり各科との連携を取ると聞いたことがあります。

そのような病院の機能が、日本でも早く標準になってほしいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ステロイド治療 3カ月の経過【ステロイド2】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、2020年夏に始めた、ステロイド剤治療の経過を実体験に基づき書いています。

ステロイドは、その副作用から悪い印象を持たれている事も多い薬です。

ただ、今の所、副作用の少ない私にとっては、命を救ってくれた魔法の薬です。

ステロイド治療による反応、副作用は、体質によってバラバラと聞き来ますが、私の1例が、何かの参考になれば幸いです。

[char no=”3″ char=”モモタ侍”]ステロイド剤は、体の副腎皮質という器管からでるホルモンを基にした薬です。[/char]

 

初めまして「モモタ侍」と申します。

3年前、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

サ症*は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

サルコイドーシス発症時

発症当時、私は、仕事でロシアに住んでいました。

春頃に、ひどい息切れ疲労感があり、その後、手足の関節痛が発生しました。

初夏に、カエルの卵のような物が見え始め(飛蚊症)、目を閉じても光が差込みました(光視症)。

続いて、下肢がパンパンに腫れ、赤いブツブツ(結節性紅斑)がでました。

帰国して、大阪の大学病院を受診し、肺の影肺門リンパ節)も見つかりました。

これらの症状からサ症が疑われ、17年9月に検査入院、確定診断を得ました。

その後も、体の痛み、シビレ、耳下腺の腫れ、強い立ちくらみ、歩行障害、ふるえ、耳鳴り 沢山の症状が出ては消え、一部は残りました。

ステロイド治療 ~3カ月の経過

自覚症状の中でも、特に部位の特定出来ない全身の痛みひどい疲れに苦しみました。

その為、治療の第一選択肢であるステロイドを試し、早く楽になりたいと思っていました。

しかし、ステロイドのサ症への効果は、今の所、確約されていません。

また、ステロイドは、さまざまな副作用が起こる薬です。

最悪の場合、サ症は改善せず、副作用だけが追加となることも想定されました。

また、残りの人生を考えて、副作用に悩む時間を少しでも短く、と主治医は考えて下さいました。

これらの話し合い・検討を、主治医と積み重ねてきました。

しかし、3年が経過した頃、呼吸機能の悪化、咳・息切れが強まり、治療が避けられなくなりました。

ステロイド治療開始 1週目

8月初に入院、ステロイド剤のプレドニンを30mg(6粒)/日から服用開始しました。

私にはステロイドが劇的に効き、2日目には、皮膚サ症の赤色が薄く、呼吸も楽になりました。

(通常は、開始から2~3週間後から効きだすそうです。)

肺のレントゲン写真も、白い影が、入院前に比べて目で見て分かるほど薄くなりました。

何より大きかったのは、痛み、疲れ などの強い自覚症状が弱まり始めたことです。

それは、これまでの非ステロイド系の薬では感じられなかったスッキリした効き方でした。

画像が示すように、白い影(たぶん肉芽種)が小さくなり、各臓器への悪影響が減ったのだと思います。

痛みと同時にひどい疲れが減り、気力が戻り、生活の質が大きく改善し始めました。

2週目

1週目ほど劇的では無いものの、肺の影が更に薄くなりました。

サ症の血液マーカー(ACE、sIL-2R)や肝臓数値(ALT、AST、ALP)が、改善し始めました。

自覚症状や血液数値が改善したので、飲んでいた薬の見直しを医師と行いました。

ステロイド剤を始めると副作用対策としてお薬が増える傾向にあります。

私の場合、下記の見直しで 薬の量を維持する事に成功しました。

薬が増えると、精神的にも落ち込むので、薬の中身を見直すのは大切だと思います。

(増えた薬)

  • プレドニン :2錠(スタート時6錠)/1日1回、ステロイド剤
  • バクトラミン:1錠/1日1回、免疫力増加、ステロイド副作用対策
  • ボナロン  :1錠/週1回、骨粗しょう症対策、ステロイド副作用対策

(減った薬)

  • ロキソニン      :2→0錠/1日1回、痛み止め
  • ウルソデオキシコール酸:2→1錠/1日3回、肝臓の薬
  • グリチロン      :2→1錠/1日3回、肝臓の薬

(維持した薬)

  • サインバルタ :1錠/1日1回、抗うつ剤、シビレ・痛み止め
  • ラベプラゾール:1錠/1日1回、胃の薬、ステロイド副作用対策
  • テプレノン  :1錠/1日3回、胃の薬、ステロイド副作用対策

3週目

治療の第一目的だった肺は、機能も画像もかなり改善しました。

辛かった痛み、疲れなどの自覚症状も弱まり、元気だった頃を思い出す日もあります。

 

呼吸機能の検査数値は、入院前より改善し、血液マーカーも正常値に近づきました。

それに伴い、咳も無くなり、呼吸も楽になり、空気のありがたさを実感しました。

副作用は、気持ちの高揚感食欲増進と言ったくらいのもので、辛くはありませんでした。

経過も良いので、8月末で退院し、プレドニン30→25mg/日に減量となりました。

2~3カ月目(現在)の経過

プレドニンは、9月:25→20mg、10月 :20→15mg、11月 :15→13mgと減量中。

(目標の維持量は5mg前後。)

 

10月の減量時(20→15mg)に体の痛みが出た為、医師の指導の下、減量速度を落としました。

その後も薬の減量時に、少し問題を抱えますが、今の所、良好な経過です。

心身ともに改善傾向で、体調の良い時は社会復帰したい気持ちも芽生え始めています。

 

下記の通り、検査値も、呼吸機能やサ症の血液マーカーは正常値に戻りつつあります。

肺の影も、更に少しずつ改善しています。

 

シビレの自覚症状は残りましたが、薬(サインバルタ)でコントロール出来ています。

(神経は一度痛めると再生せず、シビレが残ることがあるそうです。)

 

一方で、次の副作用と思われる異常値も出始めています。

γGPT(肝臓)が上昇。 入院前:122→9月:281→10月:341→11月:451。

他の肝臓の数値は下がった一方で、γGPTだけは300台の高い数値を維持しています。

ロキソニン(非ステロイド系)でも、この数値は高かったので薬の副作用と思われます。

肝臓の薬も飲んでいるので、他に方法は無く、お酒を控えるように心がけています。

 

血糖値の指標であるHbA1cと言う血液数値も若干の異常値です。

私の場合、ステロイドにより食欲が増進され、食べても食べても空腹感が残ります。

それに任せて食べ続けた結果、体重が過去経験したことの無い値になりました。

今は毎日体重計を見ながら食事内容、量と質を調整しています。

子供の頃からガリガリの私には初めての経験です。 人生何が起こるかわかりません。

その後のステロイド治療経過について、下記もご参照頂けると幸いです。

  1. ステロイド治療 半年の経過【ステロイド3】
  2. ステロイド治療 1年 免疫抑制剤・漢方薬【ステロイド4】

モノの見方が少し変化したこと

サ症を発症して早くも3年が経過しました。

自分の将来に悩むこともせず、親に言われるままサラリーマンになり30年やってきました。

特に、発症前の10年は、入社の理由でもあった海外勤務もかない、全てが順調でした。

サ症を急性発症し、今迄の積上げを全てを失い、人に八つ当たりし、自暴自棄にもなりました。

そして、当事者として人の痛みを知るうちに、モノの見方や考え方に、少し変化が起こっています。

以前は、いくら疑問を感じていても、価値基準が、既成の相対価値(会社の大小、役職の上下と言ったもの)でした。

会社と言う狭い世界の中では、それしか見えず、そう生きるしか無かったようにも思います。

しかし、そんな世界から距離を置いた今、自分に残っ価値価基準は非常に基本的なものです。

それは、ちゃんと他人を思いやれる、受けた恩は返す、礼節を重んじるなど 絶対価値です。

会社時代の自分を思い起こすと、猪突猛進で、やや狂信的だったとさえ思えます。

サ症が、本来の自分を気付かせてくれた、サ症に救われたのかもしれません。

最後に

サ症や多くの難病は10万人に数人と発症確率は非常に低いと書いてあります。

一方で、強いストレスの中、私の周りだけでも、難病になった人が数人います。

難病になって、人間の体や心は、環境変化に非常にデリケートだと感じます。

社会が厳しくなり、ストレス要因が増え、難病の発症率は増えているのではないでしょうか。

 

私のサ症は、レフグレン症候群と言う、日本人(特に男性)には非常に珍しい型です。

珍しいサ症の経過を書いたこのブログが、サ症の原因解明への一助になることを願います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

サルコイドーシス どんな病気?【サ症5】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向けて書いています。

サ症の症状・経過は実に多様で、また希少疾患なので患者目線の情報が少なく感じます。

ここでは、サ症とはどんな病気か?

心臓を除くほぼ全身にサ症がある私の4年間の体験に基づき書いています。

サ症のほんの一例にすぎませんが、何かのご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の夏頃、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

サ症とは?私の症状

サ症は体のいろいろな場所に良性の肉の塊が出来て、臓器や体の機能に悪さをする病気です。

私は、急性サ症(レフグレン症候群)と言う日本ではとても珍しい型のサ症です。

発症したのは突然で、数カ月の間に複数臓器に沢山の症状が出ました。

サ症があるのは 眼、肺、皮膚、神経、肝臓、脾臓 など 心臓を除くほぼ全てです。

今迄に経験した症状は、痛み、シビレ、疲れ、寝汗、飛蚊症、光視症、咳、息切れ、めまい、微熱、耳下腺の腫れ、筋力の障害など、実に多彩で、いくつかの症状は今も残っています。

よく見聞きする疑問

私は、市の難病支援センターでサ症の仲間相談員をしていますが、そこでサ症の仲間と話していて、各々の理解がバラバラに感じる事がよくあります。

これは、サ症と言う病気が持つ、以下の特殊性が原因だと思います。

特殊性1:症例が非常に少ない。(発症率は10万人に1人とも)

特殊性2:発生する臓器、自覚症状が人によって全く違い、多様である。

 

    以下は、ネットや相談会でよく見聞きするサ症の疑問・それに対する私の体験です。

    サ症は、自然寛解*が多いと聞くのが、放っておいても大丈夫?

    *寛解:症状が一時的に軽くなったり,消えたりした状態。再発の可能性もある。

    私もサ症になった時、全く同じことを考えました。

    発症当時、海外で働いていて、かつ多忙だったので、帰国せずに様子をみよう、とも考えました。

    しかし、この考え方は危険だったと、サ症のことを良く知った今は思います。

    サ症も含まれる、難病の定義(難病法)は以下の通りです。

    1. 発病の機構が明らかでなく
    2. 治療方法が確立していない
    3. 希少な疾患であって
    4. 長期の療養を必要とする

    ざっくり言うと、以下のような感じでしょうか。

    • なぜ病気になるのかも、病気の経過がどうなるのかも、分からない。
    • 悪くなっても適切な治療方法が分からない。  

    例えば、私の急性サ症(レフグレン症候群)は、一般的に予後が良いと書かれています。

    なので、最初、直ぐ治るものと大喜びしていました。

    しかし、徐々に肺機能や肺画像は増悪していき、3年目にステロイド治療に踏み切りました。

    今も、治る兆しは見えず、慢性化しそうな感じです。

    初めから優れた専門医に受診できて運が良かったですが、自分で判断していたら危ない所でした。

    難病は、その名の通り難しい病気です。 まず、専門医に診てもらうのが必須と考えます。

    参考資料:

    1. 難病情報センターHP→ 国の難病対策 →2015年から始まった新たな難病対策 →4)指定難病とは?
    2. 日呼吸会誌43(12),2005.:多彩な症状を呈したサルコイドーシス(Lofgren症候群)の1 男性例

    検査をどこまでやるか?

    自覚症状が無いのに、肺に気管支鏡を入れる検査まで必要?と言うのも良く聞きます。

    私は、最低1~2回/月の検査を受け、過去に2回、検査入院(各1ヵ月ほど)をしました。

    その中で、以下の2種類の検査は必須と思います。

    1. 確定診断を受ける為の検査
    2. 生命や生活に係わる臓器の検査(私の場合 眼、肺、心臓の経過観察)

    1.は、何の病気なのか知ると同時に、医療費助成制度を受ける為にも必要です。

    医療費助成制度は、難病のように一生付き合う病気は、必ず受けておきたい制度です。

    そして、申請には確定診断が前提になります。

    例えば、インフルエンザのように、サ症を特定する検査キットのようなものはありません。

    なので、他に疑われる病気の可能性を検査で排除して行き、サ症と確定させます。

    例えば、 私の場合、サ症の血液マーカーとされる sIR-2R と言う値が高値でした。

    これは、サ症の血液マーカーとされる一方、悪性リンパ腫でも高値になります。

    そこで、気管支鏡を使って肺の組織検査をして、サ症の確定診断を得ました。

     

    サ症は治療法が未確立のため、発症時とのその時々の状態との比較で経過を見ることになります。

    特に、命や日々の生活に係わる臓器は、医師の指導に沿って、定期的に見ることが大事です。

    また、発症時は、比較の起点になるので、その意味からも状態を正確に把握することが大切です。

    仕事が忙しいから、検査入院できないとの声も良く聞きます。

    しかし、自分の一生に係わること、最初にキッチリ見てもらえば、後々安心して過ごせます。

    自覚症状が無いから平気?と言う人がいますが、肺などは、よほど悪くならないと自覚症状が出ません。

    私の肺も発症時、何の症状もありませんでしたが、徐々に悪化しました。

    会社の定期検診を受けても、サ症の特殊な血液マーカー は検査項目にありません。

    またサ症の専門医が見ないと的確な判断が出来ません。

    いろんな病院をたらい回しにされた

    良く分からない検査や手術を勧められた。

    何年たっても病名が確定できない。 もよく見聞きします。

    これは、何でも話せて信頼出来る病院や医師と出会えてないのが原因では?と思います。

    病院や医師に恵まれていると感じる私には、こう言った疑問やストレスはありません。

    以下のような条件がそろっていれば、上記の疑問やストレスは少ないと思います。

    • 何でも相談でき、納得いく回答をくれる(新しい医療技術のある)専門医が多くいる
    • サ症は全身疾患なので眼科、呼吸器内科、循環器内科など 科をまたぐ横の連携が取れている

    となると、やはり総合病院や大学病院でしょうか。

    医師との出会いも一期一会、良い医師に早くめぐり会えることを願います。

    最後に

    難病をなめてはいけない、でも丁寧に接すれば、良い関係が築ける、気がします。

    それまで気付かなかった一つ一つのことがありがたく思えます。

    残る時間も、一日一日大切に使いたいと思います。

    いろいろな気持ちがぐるぐる回りますが、今が幸せと思えるのは良いだと思います。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました。

    難病を機に 家計の見直し【難病と私6】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

     

    50歳を目前に難病のサ症になり、人生の後半にして、以前の健康な心身を失いました。

    今迄の生活や仕事の仕方を見直さないといけなくなりました。

    1. 以前のように仕事中心の体に負荷を掛ける働き方は出来ない。
    2. やりがいを感じていた仕事も、今後、お金の為(だけ)の仕事に変わっていくだろう。
    3. 収入も大きく減るだろう。

    ここでは、特に3.に関し、私が行ってきた、家計の見直しについて書いています。

    同じ悩みを持つ皆様の、何かのお役に立てば幸いに思います。

    家計の見直し、難病の体で働く方法

    これまでの経過から、私のサ症は恐らく一生付き合っていくものでしょう。

    私は無理の効かない体、負担を掛けれない心の状態で、今後どうやって、生きて行くか。

    休職で出来た時間を使ってこの答え探しをしています。

    家計の見直し

    以前10年間、海外の小さな会社で管理責任者をしていました。

    私がいたのは、フィリピンやロシアと言った新興国で、経済がとても不安定でした。

    その為、会社では、想定外の売上や収入の大幅な減少がよく起こりました。

    そのような時に、会社内部の支出を見直すことで、なんとか会社を潰さず10年間やってこれた経験があります。

    ここで思ったことは、経営は「守り(支出)を固めるとなんとかなる」ということでした。

     

    野球で例えると、打線はみずもの、だからドラフトで良い投手に指名が集まるのでしょう。

    家計についても同じで、収入はコントロール出来ないが、支出は出来る、と考えました。

    そこで下記のような項目について家計を見直しました。

    見直し項目
    • 携帯、インターネットの格安プロバイダへの切り替え
    • 買おうか、どうしようか迷ったものは買わない習慣づけ。
    • 電子マネー、電子クーポンのフル活用
    • 野菜の栽培を始めた。
    • 自分にスキルを付ける

    普通の項目ですが、通信費について言えば、年間15万円以上減りました。

    [char no=”3″ char=”モモタ侍”]節約で心がけているのは①始末(しまつ)とケチを間違えない ②自分の頭を使って楽しみながら節約ネタを探す です。[/char]

    電子決済、電子クーポンなど フル活用

    全国チェーンのドラッグストアでは、いろいろな(電子)クーポンが毎日、使えます。

    私が、よく使うスギ薬局では、携帯アプリや店頭でもらえる広告で、一品15%引き、全品10%引きなどのクーポンを入手出来る時があります。

    これらを上手く使うと、全体で消費税分ぐらいの節約が出来ます。

    ドラッグ(日用品)は消費期限も長いので、まとめ買いで、一括値引きが期待できます。

    同様に、コンビニでも携帯アプリを使うと値引きクーポンを入手できます。

    利用回数が増えると、ビール、コーヒーなどの無料クーポンがもらえたりもします。

     

    PayPay や au Pay など 電子決済では、定期的にキャッシュバックキャンペーンをやっています。

    この機会を利用すると、10%のキャッシュリターンがあったりします。

    また、PayPayで、あるメーカーの日用品を買うと、後で50%キャッシュバックされるキャンペーンも時々あります。

     

    これら電子決済チャージ+クレジットカード紐付けで、ダブルでポイントがたまります。

    1回の買い物で、複数回のディスカウントがされ、これを継続するか、しないかで 経費の削減効果は大きく違ってきます。

    「塵も積もれば山となる」まず、足元の支出の見直しをする事から始めてはいかがでしょう。

    [char no=”3″ char=”モモタ侍”]電子マネーの口座引落しが恐い方は、PayPay はコンビニからデポジットできます。[/char]

    野菜の栽培

    将来、家計の助けになるかも?と思い、プランターの野菜作りを始めました。

    春はミニトマト&バジル、冬はシイタケをキットで作りました。

    その後、ししとう、オクラ、イチゴなども作りました。

    イチゴは難しく、うまく行きませんでしたが、その他は比較的簡単に沢山収穫出来ました。

    (オクラは、アブラムシの対応に少し手間が掛かりました。)

    現実的に良く使ったのは、トマトとバジルでしょうか。

    もし、ネギを作れば、(私の家では良く使うので)採算面も良いのでしょう。

     

    鉢や小物などは100円均一を活用すれば1000円くらいで揃うと思います。

    苗木は一本200円くらい、土は20kgで800円くらいで毎年変えた方が良く育ち効率的です。

    以上の通り、投資は少なく元はすぐ取れると思います。

     

    それ以上に育てる楽しみ心の癒し効果、太陽のありがたみなど 新たな気づきが多いです。

    春~夏は野菜栽培を始めるのに良い時期です。

    自分で稼ぐ力を養う

    大きな会社で働くのは、福利厚生も整っていて素晴らしいと思います。

    一方で、歯車の一つになると、自分で考え、発想する力が退化するようにも思います。

    今回の新型コロナ禍で、働き方改革は加速するでしょう。

    労働力を最小限にITやAIを活用した新しい経営が増えるかもしれません。

     

    その為、会社に属さなず自分で稼ぐ力を養うことは重要と考えます。

    難病で通勤が難しい私にはWebマーケティングを習うのが適していると思いました。

    今後も需要拡大が望める数少ないエリアで、スキル習得しておいて損はないと思います。

    Webマーケティングにはいろいろな分野があり、記事を書くのが好きな人はWebライティングスキル。

    絵を書くのが好きな人はペンタブを使ったWebデザインなど楽しく学べます。

    タダ働きが嫌なら「クラウドワークス」とかに加入して学びながら、稼ぐのも良いと思います。

    私は、Webでブログのスキルを学びました。

    わからないことはWeb検索すると、みなさんが懇切丁寧にYou Tube等で説明してくれています。

    とは言え、この領域は既に開拓が進んでおり、このブログのアクセス数も良くありません。

     

    そこで、並行してこの2年間、行政書士資格の勉強をしてきました。

    昨年、2020年は落ちましたが、今年、21年は今の所、五分五分です。

    行政書士になれれば、外国での経験を活かし、入国ビザ関連の専門になりたいと思っています。

     

    私には難病になってから、一つの夢があります。

    それは、難病の当事者と日本で働く外国人と行政を結び付けて一つのビジネスモデルと作ること。

    今後、日本では、介護職の低賃金、少子高齢化により、介護者の不足化する見込みです。

    一方で、私が参加する日本語ボランティアでは、新しいビザで来日した外国人技術者の家族が、仕事をさがしています。

    マッチングが上手くいかない為、ある所で人材不足、ある所で人余りが起こっています。

    これらを自分の経験(IT、行政書士、外国での経験 など)を生かして、なんとか結び付けられないか?

    市のボランティアや当事者委員の活動を通して行政にも訴え掛けたいのです。

    最後に

    長引く非常事態宣言は、先行きの見えないトンネルを進んでいるようです。

    それは、私が10年間過ごしたフィリピンやロシアでの生活にも似た部分を感じます。

    そんな中にも、少しの光は常にあった気がします。

    今は、自分への蓄積の時間、今後に向けた「学び」に時間を充てるタイミングにも思います。

    いつでもピンチはチャンスでありたいです。

     

    最後までお読み頂きありがとうございました。

    リビングウィルを考える【難病と私5】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

    ここでは、難病になって4年の私が、難病や老いについて考えた事など 経験も交えて書いています。

     

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

    難病・生きる

    サ症を発症して4年が経過しました。

    その間、数えきれないくらいの体調の波(良い時、悪い時)を繰り返してきました。

    幸い、昨年のステロイド治療以来、体調はかなり安定しています。

    しかし、安定したなりの体調の波はあって、辛い時は不安になる時があります。

    ステロイドと言う、”最後の一手”を打った今、サ症が増悪しても、もう打つ手はない?。

    薬の副作用が強く出て、ステロイドが使えなくなったらどうなるだろう? などです。

    恐らく、このような気持ちは、この先も一生繰り返すのだと思います。

     

    一方で、このような状況が続くことに慣れて来た部分もあります。

    それに伴って、短気で、神経質だった性格も、少しずつ変わっていくように思います。

     

    難病になった当初、自分の運の悪さを恨み、怒り、嘆き そればかりの時期もありました。

    そんな思いが、今でもフツフツと湧き上がる事は時々あります。

    しかし「まあ、細かいことは、どうでも良いか」と思える自分も大きくなりました。

     

    例えば、私が参加する、市の難病者・障害者当事者委員会で「差別」について議論する事があります。

    私も難病の当事者として、多少なりとも差別的なモノを感じ、経験する事があります。

    一方、少し形は違っても、病気になる前の社会/会社生活でも同じような経験はありました。

    以前は、健康だったので、そう感じにくかっただけに思えたりもします。

    私特有の感じ方かもですが、結局、多数派の原理、人による部分が大半とも考えています。

    もし、世の中の大半の人がサ症であれば、病気による差別は感じないでしょう。

    逆に、健常な人が差別される世の中になるかもしれません。

    また、差別をする人/しない人は、どんな状況でも、したり/しなかったりするのが私の経験です。

    する人との接触を極力減らし、しない人に囲まれて暮らせば、幸せに暮らせるかもしれません。

     

    最近、身内の老いを見ていると、多少の知性があるだけで、人も他の生き物と変わらないと感じます。

    社会的地位のある人も、老いと共に社会性が弱くなり、常識的な部分が薄れ、本来の理性むき出しになっていきます。

    最初は、その状況を、情けなく、さげすみ、そして悲しい目で見ていました。

    しかし、最近では、自分も含めて ”こんなものか” と思えるようになりました。

    言葉使いが正しいのかわかりませんが、物事を少し大局的に見れるようになった気がします。

    リビングウィル・老い

    3年程前に、市の難病相談支援センターで、リビングウィルの講習会を受けました。

    治療法の無い難病になり、年齢的にも役に立つかも?と思ったのがキッカケでした。

     

      研修前、リビングウィルとは、延命治療や尊厳死と言ったワードと同意と理解していました。

      しかし、私の受けた研修のリビングウィルのポイントは、以下の点で少し違っていました。

      • (死に方でなく)今から死までの間、いかに生きるかを考える。
      • 一方的な宣言でなく、宣言に至るまでの作成過程が大切。
      • 家族、医師、支援者と話し合い、納得し合いながら作成する

      リビングウィルは延命措置の要否だけでなく、自分の誕生~死までの物語作り。

      「死までをどう生きたいか」を、意識を無くす前に伝えるためのツールと言う内容でした。

       

      テキストに「人は、人と人の間に生まれ、人と人の間に生き、人と人の間で死んでいく存在」とありましたが、まさにその通りだと思います。

      老いと共に、常識や社会的な部分が薄れていく、と言う話を心療内科の先生から聞きました。

      身内の例でも、老いにより社会ルールを軽視し、結果、ご近所と問題が発生した事がありました。

      本人は「好きにさせてくれ」と言いますが、社会の為、本人が晩節を汚さない為、放置は出来ません。

      その結果、身内の中で亀裂、葛藤や衝突が起こります。

      「老い」に係わる一番難しい部分だと思いました。

       

      生死に係わる話は、簡単では無い、と実感する事は、他にもあります。

      「いつ死んでもよい」と言ってる人も、その多くは、それが身近なものになると、極度に恐れます。

      身内を例にとっても、尊厳死協会に加盟して、会費も払って、延命は不要と高らかに宣言していた。

      しかし、腎機能が悪化し、1ヵ月ももたないと言われ、あっさり透析(延命措置)を行いました。

      身内(私含め)も、二つ返事で同意し、尊厳死は有名無実なものとなりました。

      と同時に、これが生と死に係わる現実なのだと思います。

       

      また、延命措置については、具体的に決めないと機能しないことも研修で習いました。

      例えば、私のサ症を例にとると、以下のようになります。

      サ症は、悪化して肺が固くなると、最悪、呼吸不全を起こすケースがあります。

      その際、措置方法別に、下記1~5の「する/しない」を決めておかないと対処できません。

      1. 呼吸不全を改善する薬剤投与や酸素投与治療をする/しない
      2. マスク式人口呼吸器を使って酸素吸入をする/しない
      3. 2で改善しない場合、口からチューブを入れて酸素吸入をする/しない
      4. 3で改善しない場合、気管を切開してチューブを入れて酸素吸入する/しない
      5. 4で改善しない場合、どうするか?

      4.については、患者の痰を吸い出す時、痛みの表情を浮かべる時があり介護者にも辛いとの経験談が書かれていました。

      そんな事も想定して、事前に話し合いをしておく必要がある訳です。

      生死に係わる議論は、関係者全員で時間を掛けて、深く、具体的でないと役に立たない。

      一方で、生きてる時に、そんな議論が、現実問題として可能か? 難しいなと思います。

      また、それ以前に、緊急であれば、救急車を呼ぶ/呼ばない の判断も必要です。

      救急車を呼ぶと言うことは、イコール延命措置をすると言うことにつながります。

      身内が目の前で苦しんでいるのに、救急車を呼ばないのは、私には不可能に近く思えました。s

      最後に

      サ症と言う難病になって、一度きりの人生での大きな経験と思えることもあります。

      もちろん、難病にならなければよかった。

      もし、ステロイドが効かなければよい経験とも思えないだろう。

      いろいろな気持ちが、毎日渦巻いています。

      その中で、私に関して、確実に良かったと言えることは、

      • 物事を前向きにとらえる習慣がついた
      • 人との比較でなく、自分の価値基準でモノや人を図れるようになった。
      • 以前より、少し大局的に、おおらかに物事を判断できるようになった。

      でしょうか。

       

      最後まで読んで頂きありがとうございました。

      肺サルコイドーシス 私の場合【サ症4】

      このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向けて書いています。

       

      初めまして、モモタ侍と申します。

      約4年前(2017年夏)、50歳を目前に、サルコイドーシス(サ症)*と言う指定難病になりました。

      サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

      私のサ症は急性で、 肺、目、神経、皮膚、肝臓、脾臓など 全身にあります。

      つらい自覚症状は 痛みしびれ疲れ です。

      *詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

       

      自然寛解を視野に3年間、経過を見てきましたが、肺の影が徐々に濃くなり、呼吸機能も低下、咳や息切れなどの自覚症状も強くなりました。

      そこで、20年の夏に、ステロイド剤(プレドニン)内服による治療を始めました。

      ここでは、実体験を基に、特に私の肺サ症を中心に、症状、経過、治療など 書いています。

      サ症の症状は、千差万別で、あくまで一例ですが、何かのご参考になれば幸いです。

      尚、当記事はあくまで私の患者としての体験で、医学的なことは必ず専門医にご確認下さい。

      発症と肺門リンパ節の腫れ

      ここでは、私のサ症の発症、肺門リンパ節の腫れ、気管支鏡検査の体験について書いています。

      発症~確定診断

      17年春頃 、当時住んでいたモスクワ(ロシア)で関節痛や疲れなどを感じ始めました。

      その後、6~7月にかけて、飛蚊症、下肢の腫れ いろいろな強い自覚症状がでました。

      8月に帰国して検査入院、9月に大阪の大学病院でサ症の確定診断を得ました。

      私のサ症は、下記3つを特徴とする、急性サ症(レフグレン症候群)と言う日本では珍しい型でした。

      1.関節炎 2.下肢の赤いブツブツ(結節性紅斑) 3.肺門リンパ節の腫れ

      (参考URL) 日呼吸会誌43(12),2005.多彩な症状を呈したサルコイドーシス(レフグレン症候群)の1 男性例

      肺門リンパ節の腫れ、気管支鏡検査

      肺に関しては、発症時、あまり強い自覚症状は、ありませんでした。

      しかし、レントゲンを撮ると、左肺に入道雲のようなモクモクとした影が写りました。

      後で、これがサ症に特徴的な、肺門リンパ節の腫れ であると知りました。

      一般的には両肺に、このような影(BAL)がでるそうですが、私の場合は左側に出ました。

      【ご参考】 肺の画像の推移と経過です。

      • 17年8月頃:左肺(左端の写真、肺の右側の中央部)に入道雲のような影(肺門リンパ節の腫れ)が見つかりました。
      • 18年10月頃:入道雲が崩れ始め、破裂、破片が飛散し始めたような状態になりました。
      • 20年7月頃:左右の肺の影が広がり、呼吸機能も低下、自覚症状も強くなりました。
      • 20年8月頃:入院してステロイドの内服治療を開始しました。

      [char no=”3″ char=”モモタ侍”]肺の異常は、海外からの一時帰国での人間ドックで、たまたま見つかりました。 これがサ症の早期発見につながり、ラッキーでした。[/char]

       

      検査入院後すぐ、サ症の確定診断の為「気管支鏡検査」を使った肺の組織検査をしました。

      気管支鏡とは、肺に入れる内視鏡のようなものでした。

      サ症(多くの難病も)の場合、短時間で、簡単に病名を確定できる検査は無いようです。

      なので、いろいろな検査で他の病気の可能性を排除し、結果としてサ症に絞るようでした。

      昔から胃腸が弱く、内視鏡検査は苦になりませが、気管支鏡検査は、結構痛くてつらかったです。

      検査前に、音が出るボールを渡され「つらい時は握って教えて下さい」とのこと。

      痛いので、何度もボールを握るのですが、その度に、なんとも緊張感に欠ける音がでます。

      おまけにボールはドラえもんの顔の絵で。。。

      麻酔で朦朧としながら「この痛みは、きっと伝わらないんだろう」と絶望的な気持ちになっていました。

      朝一からベットに寝たまま検査室に向かい、終了まで2~3時間 掛かったと記憶します。

      肺サ症の経過

      ここでは、サ症の血液マーカーや、肺の自覚症状の経過を書いています。

      今のところ、心臓にサ症は無いので、一番命に係わる、と言う意味では肺の症状です。

      血液マーカー

      私の場合、サ症の活動性ACEとsIL-2R肺サ症の活動性KL6と言う血液数値で見ています。

      上記がその推移です。

      (ACE, sIL-2推移)

      • 発症時、非常に高い超異常値で、その後、急下降しました。
      • 急下降後、異常値のまま高止まりし、上下の波を繰り返していました。
      • 20年8月ステロイド治療開始と同時に、正常化しました。

      (KL6推移)

      • 発症時、KL6の値は 、684と正常値(500以下)より少し高い程度でした。
      • その後、非常にゆっくりと上昇し続け、一時1000以上になりました。
      • ステロイド治療開始に、少し遅れて下降し正常値になりました。
      • ステロイドを減量すると、再び、上昇し始め、異常値になりました。

      上記は私の呼吸機能検査の経過です。

      • 指標としている FVC、DLco*は18年11月頃から(KL6上昇と反比例に)徐々に低下。
      • 20年2月の検査で異常値になり、肺の画像が悪化、咳などの自覚症状も強まりました。

      *FVC (努力肺活量) :胸いっぱい空気を吸い込み、勢いよく吐いた空気の量を測定。  DLco(ガス拡散能力):肺からどれくらい体の中に酸素が取り込まれるか測定。

      肺の自覚症状

      肺の自覚症状の経過を下記します。

      発症時、左肺に特徴的な影以外、自覚症状はあまり感じませんでした。

      • 17年3月頃~ :階段などを上るとひどい「息切れ」が発生。
      • 17年8月頃~ :胸の「強い痛み」が発生し、その後も継続。
      • 19年6月頃~ :呼吸時に左胸上部でゴロゴロ、ヒューヒューと音がして徐々に強まる。
      • 19年9月頃~ :痰(たん)のからんだ咳がでて徐々に強まる。
      • 20年1月頃~ :むせるような咳が続く、胸の圧迫感で深呼吸が出来ず、歩くと息切れがする。

      サ症では、非特異的全身症状と呼ばれる、息切れ、痛み を訴える患者さんが多いと書かれています。

      なので、私の息切れ痛みは、全てが直接、肺の原因によるものではないかもしれません。

      ステロイド治療

      発症時から、つらい痛みやシビレを、非ステロイド系の薬で対処してきました。

      肺は、徐々に画像が悪化、呼吸機能が低下し、自覚症状も強まりました。

      現在、これらに対しては、ステロイドによる治療が一般的です。

      ただ、ステロイドは大量に長期で使えば使うほど、将来、高い確率で副作用に悩まされます。

      呼吸器内科の主治医は、私の50歳と言う年齢と、将来の副作用を 慎重に考慮し、治療開始時期を見極めて下さいました。

      20年7月、目安としていたFVC(努力肺活量)70%を切った為、8月に入院してステロイド治療に踏み切りました。

      結果として、私のサ症には、ステロイド(プレドニン)が良く効きました。

      濃かった肺の影が、数日で薄くなり始め、自覚症状も嘘のように消えて行きました。

      現在、私のサ症への適切なステロイド使用量を、経過を見ながら探っています。

      【ステロイド治療に関する体験談です。ご参照頂けると幸いです。】

      1. ステロイド 私の副作用対策【サ症体験記】

      最後に

      レフグレン症候群は一般的に予後が良く、自然寛解もあると書かれています。

      一方、私のように高齢発症でサ症が全身にあるのは予後不良要因とも書かれています。

      発症から既に4年を迎えようとしていますが、ある意味最後の手段であるステロイド治療も行いました。

      ステロイドは良く効きましたが、減らすと再燃する傾向にあります。

      やはり、私のサ症は一生付き合って行くもののような気がします。

      今は、QOL(生活の質)を維持しながら、いかにステロイドの量を減らすか、が一番の課題です。

       

      最後まで読んで頂きありがとうございました。

      難病から学ぶ 自分らしく生きる【難病と私4】

      このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向けて書いています。

      ここでは、2017年、50歳目前で急性の難病を発症。

      辛い事や良い事もあった難病体験を通し気付けた、自分らしい生き方について書いています。

      あくまで個人的な意見ですが、サ症や難病で不安を感じている方々の、何かのお役に立てれば幸いです。

       

      初めまして、モモタ侍と申します。

      2017年の夏頃、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

      サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

      症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

      *詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。 

      大病も良い経験と思えること

       サ症は、寛解する可能性も高い反面、その一部は長期化し、難治化します。

      他の難病と同じく、サ症の発症確率も約10万人に1人と言われ、そんな病気を発症した私は、とても運が悪ようにも思います。

      一方で、難病になって良かった。とは言えませんが、ならなと得られない、貴重な体験を多くしました。

      難病にならなければ、決して見る事のなかった世界が、今、私の前には広がっています。

      心のつかえが取れたこと

       私は、社会的地位や学歴の高い人が多い家庭環境に育ちました。

      なので、そう言った価値観に縛られると同時に、そうでない自分に劣等感を持ってきました。

      他方、自分の中には、人間性や道徳観など、理想とする人間像がありました。

      これら、二つの価値が、矛盾しながらも、私の中で共存していました。

       

      会社に入り、尊敬でき、素晴らしい多くの先輩方に出会いました。

      不登校だった私が、集団生活を続けられたのも、それが理由だと信じます。

      一方、その多くの方が、(私が勝手に思う)その人にふさわしい役職では、ありませんでした。

      それでも、いつかは理想と現実が一致すると信じていました。

      しかし、会社の経営悪化と共に、両者のギャップは更に広がっていきました。

      海外で、ある程度の権限と責任を与えられ、今度は自分がその理想になろう、と必死でした。

      そんな頃、サ症を発症し、理想を叶えること、それ以上に一番大切な健康な体を失いました 

       

      帰国し、入院した病院の相部屋では、多くは命の危機に面した人達を見ました。

      多忙な看護師さんを呼びつけては、偉そうな物言いで、命令をする人。

      手術前の食制限の言いつけを無視して、盗み食いをする人。(誰のための手術?)

      救急で運ばれ、命が危機的状態なのに、家に置いて来たペットの餌を気にしている人。

      これら全ての患者さんに、医療従事者は、誠実・平等・粘り強く、接してられました。

      この病院の開祖は、次のような言葉を残していて、その精神が脈々と継がれているようでした。

      1. 名声や利益、安楽な生活を求めるのではなく、人のために生きなさい。
      2. 人は貧富の差で差別されるべきではない。
      3. 常に謙虚な心を持ち、相手を大切にしなさい。
      4. 苦しく、厳しい状況下であっても、万策尽きるまで努力しなければならない。

        この医療現場を見ていて、これまでの自分が恥ずかしく思えてきました。

        と同時に、長い間の心のつかえが取れた気がしました。

        地位や名誉と言った、既存の価値観が薄れてつつある今、自分が尊敬していたもの、自分の絶対的価値に基づき、正直に人に向き合え始めれています。

        そこには、もっとフラットで、もっと広がりやつながりのある自由な世界がありました。

        この50年間の人生で一番自分らしく、自分に正直に生きれてる瞬間に思います。

        この光景を見せてをくれた、サ症に感謝しています。

        やりたいことは、その日のうちに

        病気以前はやりたいことを先送りにする傾向がありました。

        いつかどこかへ行こう、いつか何かを買おう、いつか何かになろう など。

        しかし、残された時間は限られているかも? と感じてから、全てを前倒し始めました。

        この習慣が流れを変えてくれたように思います。

        人生は一度きり明日何が起こるかわからない、ならば今を生きよう、とサ症は私に教えてくれました。

        • 「この先の長い人生」と考えると、辛いこと、苦しいことばかりが思い浮かぶ。
        • 「この世で残された時間は限られている」と考えると、一分一秒がもったい。

        自分に照らしても、人間はなんと身勝手な生き物か、と思います。

        しかし、どうせなら後者のように考えて生きた方が、間違いなく得です。

        そんな生き方をしている人を勝ち組と呼ぶのだ、と今は思っています。

        楽しいほうを選ぶ

        「石の上にも三年がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえ)と言う故事が美徳のように教えられました。 

        しかし、今の私に3年も我慢している猶予はありません。

        また、我慢し過ぎた結果、難病になった感もあります。

        言葉は正しく理解した上で、実行しないと、大惨事を招くことを知りました。

        どうせ限られた時間なら、我慢より楽しい方を選ぶことにしました。

        今は、少しでも多くの楽しい事で時間が満たされるよう行動しています。

        これに関連して面白い本を読みました。

        早起き、満員電車がムリ! と言う理由で、大学をでて起業し、成功した方が著者です。

        表題は「嫌な仕事から逃げても生きていくための生存戦略」です。

        サラリーマン制度の陳腐化、正しいやりがいの搾取など、会社員30年の私が見ても、的を射て興味深い内容が多いです。

        この本も「楽しいことを選んで生きることの大切さ」を伝えています。

        【参考図書】 しょぼい起業で生きていく 著者:えらいてんちょう 出版社:イースト・プレス

        50年生きてみて、我慢を全否定する気はありません。

        社会生活では、我慢無しには次に進めないことがあるのも事実です。

        しかし、我慢が美徳と言った、昭和的な発想には疑問を感じています。

        出来る事なら、自分にとってより楽しい方を選択し続ける。

        令和の価値観はそんな感じでも良いのではないでしょうか。

        いろいろやってみる

        休職で仕事を離れて、職場以外に自分の居場所が無いことに愕然としました。

        そこで、リハビリ目的で、市の日本語ボランティア、難病者当事者委員、行政書士試験など いろいろ始めました。

        始めてわかったことは、私が、いつの間にか、会社と言う非常に狭い世界でしか通用しない人間になっていたこと。

        頭の中を、社会に適合するよう調整するのに、かなり苦労をし、時間が掛かりました。

        以前、趣味に生きる会社の仲間を軽蔑して診ていた時がありましたが、私こそ了見の狭い、軽蔑されるべき人間だったようです。

        私は、ある意味、自分を変える必要がない、仕事に逃げていたのだと思います。

         

        試行錯誤しながらも、活躍の場が広がると、心に良いサイクルが生まれ始めます。

        以前、海外で働いていた時、視野のせまい私に現地スタッフが、「バランスが大事」と教えてくれました。

        それは、仕事だけでなく、生きることも同じだと、今思います。

        いろいろな世界、人々、価値観、考え方にバランスを持って接する。

        人間の心身には、そんな状況、刺激が良いのだと思います。

        余談

        先日、テレビで(コロナ)ウィルスと(人の)免疫細胞戦いの歴史、みたいな番組を見ました。。

        脳を持たないウィルスや免疫細胞でさえ、誰かに使命を与えられ、互いに切磋琢磨しながら進化し続けていることを知りました。

        この番組を見ていて「私の難病も、何かの使命を与えられたのかも?」とふと思いました。

        サ症の発症前は、いくらもがいても、良い流れは来ず。

        発症後は、復職するも病気が増悪し、流れは更に悪くなりました。

        茫然自失の状態で休職をとり、流れに身を任せる時間が多くなりました。

        しばらくすると、不思議なことに、全てがスムーズに流れ始めました。

        私は、無理に自分の理想と現実のギャップを意地になりました。

        しかし、結局、流れには逆らえず、最後には体を壊してしまいました。

        もし、私も、自分の使命に従順に、流れが変わるのを待っていればその内に、良い流れに変わることもあったのでは?と今は思います。

        最後に

        難病になって、以前より死と言うものが少し身近に感じられるようになりました。

        社会的地位も名誉も財産も、次の世界には恐らく持って行けないでしょう。

        であれば、生きている間にどれだけ沢山の経験をしたか、どれだけ楽しく生きれたか、次の世代に何を残せるか。

        これらが、自分に正直に生き始めた、私の価値基準になっています。

        支援者(医師、難病支援センター)との関係【難病と私3】

        このブログは サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向けて書いています。

        サ症のような難病は、病気と上手く付き合って行くことが、大切と言われます。

        私も、発症後、この4年間、病気との付き合い方を模索してきました。

        その中で有効だったのは、私のサ症に係わる人達(私、医師、その他支援者)の役割分担を決めておくことです。

        そうすれば、もし問題が起こっても、頼む人が明確になり、余計な不安が一つ減ります。

        私が実践して来た、役割分担の例が、何かのお役に立てばと思います。

         

        初めまして、モモタ侍と申します。

        私は約3年前にサルコイドーシス(サ症)と言う指定難病を発症しました。

        サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

        症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

        *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

        病院、医師との関係

        難病は、病院や医師との、長い、場合によっては一生の付き合いになります。

        なので、自分の相性にあう医療環境を、自分で探すことがとても大切だと思います。

        私の病院は車で1時間程で、多い時は、月に2~3回/は検査、診療で通います。

        全てにおいて相性が良ようで、4年経った今でも、通うのが苦になったことはありません。

        以下の通りです。

        1. 自分の相性に合った専門医がいる。(遠慮なく相談でき、納得いく回答をくれる。医師との出会いは一期一会)
        2. サ症は、全身疾患なので、臓器別(縦)だけでなく、横断的に診てもらえる仕組み(例、総合診療)がある
        3. 一つの臓器を、多角的な視野、治療方針で診れるよう、複数の専門医がチームで動いている

        上記、条件を満たすのは、やはり大学病院など いわゆる大きな病院だと思います。

        信頼できる医師団に出会う

        早い段階で自分に合った病院・医師に会えることは、不安やストレスを軽減するのにとても大切です。

        例えば、私にとっての信頼できる医師像です。

        • 自分の性格にあう、相性の良い医師。
        • 話しやすく、なんでも聞いてもらえる
        • 質問に対して、素人でも理解・納得できる回答が得れる。
        • 医学的だけでなく、患者の心も考えて診てもらえる。

        私は、神経/呼吸器/循環器内科、眼科、神経科 を受診しています。

        医師との相性が良いと、通院が多くても全く苦になりません。

        大きな病院では、医師の選択肢も多く相性の良い医師に会うチャンスも広がります。

         

        遠慮なく質問、依頼する

        私は痛み、シビレ、疲れがとても辛い自覚症状です。

        この辛さえ除いてもらえば自分のQOLは大きく改善します。

        が、伝え方が未熟で「ステロイドを使って下さい」とよく言いました。

        ある時期、痛みがとても辛くて思ったままに

        「痛みが辛くて日常生活が送れません。何とかしてください」

        とお願いしたら、痛みやシビレを取り除くいろいろな対策をしてもらえました。

        学んだのは、患者は自分の辛くてたまらない自覚症状と場所だけ伝えればよい。

        (えらい)お医者さまにそんなこと言えないと悩んでる方が仲間相談にこられます。

        が、自分の体は自分で守る。私の先生方はハッキリ聞いても的確に答えて下さいます。

        私(サ症当事者)の役割

        当時者としての私の役割は、とにかく体と心の状態を安定的に保つことです。

        その為に、いろいろな投薬を試したり、QOL(生活の質)を上げる取組みをしたり、病気を受入れる訓練をしたりします。

        この4年、ステロイド、免疫抑制剤や漢方薬など いろいろな薬を試して来ました。

        歩いて足の筋肉をつけ、ストレッチで呼吸機能を高め、マッサージで下肢や首の辛い症状に対処し、QOLを上げてきました。

        病気を少しずつ受け入れ、心の不安感を取り除く取組みをしてきました。

        まず、当事者である私が元気であれば、周りのみんながハッピーもあると実感します。

        日々の症状を日記につける

        大学病院の専門医はたくさんの外来患者を診ています。

        時間が無い中で、患者がとりとめなく話すと医師にも負担が掛かります。

        スムーズな会話は患者、医師 双方の信頼関係にも大切と思います。

        私は毎日の体調を日記につけ、そのまとめを準備して受診します。

        • 毎日の体調を〇、△、✖で日記につける。
        • 前回からの症状の推移、新たに出た問題。
        • 特に改善して欲しいことがあれば強調。

        大学病院の場合、医師は大学生を教える教師でもあります。

        患者が病気を学ぶ姿勢も好ましく映るのではないでしょうか?

        私と医師との役割

        私のサ症について、私と医師との役割分担は以下の通りです。

        1.私の役割

        1. サ症の当事者として、病気の概要を知る。
        2. 検査数値に沿って、健康管理(歩く、お酒を減らす など)をする。
        3. 経過観察時に、前回からの健康状態を具体的、かつ簡潔に説明する。
        4. 特に、辛い/取り除いて欲しい自覚症状があれば、医師に依頼する。

        2.医師の役割

        1. 私の情報に基づき医学的な治療や投薬方針をアドバイス、決定してもらう。
        2. 経過観察において、定期的な必要な検査のスケジューリングをしてもらう。

        例えば、私の場合、一番辛いのは、痛みの自覚症状です。

        私の役割は、医師に、辛い痛みの症状を伝えることです。

        痛む時期、種類、特徴などを、日々メモに取り、要約して医師に伝えます。

        サ症の痛みは多彩、かつ複雑なので、あの手この手を使って、根気よく伝えます

        自覚症状が上手く説明出来れば、私の役割は終わりです。

        次は医師の役割で、専門知識と技術を駆使して、痛みを取る対処をして下さいます。

        医師の役割部分について、素人の私から(質問はしても)口出はしません。

        役割分担に基づく信頼関係に基づき、医師と日頃から情報のキャッチボールをする事は、とても大切です。

        ステロイドを使って下さいと何度も頼んだ時期がありました。

        しかし、最近少し理解出来て来たのは、医師は臨床経験に沿って

        総合的に判断して治療のタイミングを決めていること。

        • ステロイドの副作用の確率の高さ。
        • 私が生きる期間とステロイドが体に与える影響。
        • サ症に対するステロイドの効果と副作用を天秤にかける など

        結果、ステロイドを使わず2年経過出来ている事実が今あります。

        ふと去年亡くなられた有名な俳優さんの言葉を思い出しました。

        「医学的なことは(信頼できる)医師にまかせる、それがダメなら寿命」

        支援者

        難病において、的確なアドバイスをくれる支援者を持つことは、精神面でもとても大事です。

        保健所など行政(医療費助成制度)

        長く付き合っていく難病にとって、医療費助成制度の活用は、とても大切です。

        この申請手続きを、市の保健所で、サポートを受けながら、毎年しています。

        私が毎年行っている、医療費助成制度 申請の実体験は以下の通りです。

        1. サ症の確定診断を受けた病院で、臨床個人調査票を作成してもらう。
        2. 申請書と必要書類を、保健所でチェックしてもらい提出する。 
        3. 都道府県の支給認定を受けると特定医療費(指定難病)受給者証が送付される。(申請から3カ月ぐらいかかる)
        4. 経過観察で通院する病院(私は確定診断の病因と同じ)の支払い時、受給者証管理表を出すと給付が受けれます。

         

        下記1か2を満たすと難病法の医療費助成の対象となります。

        1)重症度分類

        • サルコイドーシスの確定診断がある。
        • 重症度分類等に照らして病気の程度が一定以上の場合。

        2)軽症高額該当

        • サルコイドーシスの確定診断がある。
        • 高額な医療の継続が必要と認められた場合

        尚、正確な情報は、難病情報センターHP→ 医療費助成制度 をご確認下さい。

        難病支援センター

        難病やサ症は希少疾患なので、仲間も情報も少なく、孤立し不安になりがちです。

        その為、問題を一人で抱え込み、何度も心が折れそうになります。

        そんな時、難病支援センターの取組みへの参加が私を勇気づけてくれました。

        障害者手帳や特定医療費受給者証を提示すると無料や安価でサービスを受けれます。

        以下に、私が実際に参加している市の支援センターの活動を紹介します。

        1.就労相談会

        突然、難病になった私にとって一番不安だったのが仕事(収入)のことでした。

        難病は外見から症状が見えにくく、無理なハードワークで病気を増悪させる話をよく聞きます。

        他でもない、私もその苦い経験をした一人です。 

        そんな時、病気との向き合い方、働き方のアドバイスをくれるのが就労相談です。

        ハローワークから難病職業サポーターが参加し、現状に基づく最善策を提案してもらえます。

        私の場合、体も心も痛めていたので、まず休職を取っては?と貴重なアドバイスを頂きました。

        また、アドバイスだけでなく、会社側との話し合いにも実際に参加し、サポートして下さるそうです。

        働き方に悩んでいる/迷ってる方は、一度、相談してみてはいかがでしょうか。

        2.学習交流会(講演会)

        定期的に指定難病別の学習交流会(講演会)があります。

        医療従事者、医師など が講師で、治療、投薬、症例などの最新情報がわかります。

        その他に、心のケア方法、リビングウィルなど いろいろな角度からの講習会もあります。

        昨年、受講した ステロイド 東洋医学 の講習会も、私の病気に役立ちました。

        難病の場合、自分の病気を理解するのは、とても大切だと実感します。

        支援者にも有用な情報が得られるので、一緒に参加すると支援の輪が広がると思います。

         3.仲間相談

        私はサ症の仲間相談員に登録しています。

        サ症仲間の悩みを聞き、時に病気の辛さを共有し、自分を見つめなおす場でもあります。

        相談員と患者さんはフラットな関係で、同じ辛さ持つので気持ちもよくわかります。

        話をしていると、思わず泣き出す方もおられます。

        しかし、泣いた後は心が少し軽くなるのか、最初より明るい顔で帰られます。

        少しでも、誰かの役に立てたと言う、充実感を得ることができます。

        尚、詳細は、難病情報センターHP→難病相談支援センター をご参照下さい。

        最後に

        難病支援センターのセミナーに参加しました。

        講師は、こんな厳しい時期でも、経営好調なIT企業のオーナーの方でした。

        社員さんは、ほぼ障害のある方とのこと。

        その社員構成は意図したものでなく、働き易さを追求した結果だそうです。

         

        コロナ禍により、今後、テレワークの需要が急速に増すだろうとの話がありました。

        これは、サ症により、通勤が辛くなった、今の私には朗報です。

        その時に備え、前向きに準備をしておこうと希望の持てる情報でした。

         

        最後まで読んで頂きありがとうございました。