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  • ステロイド2年、サ症5年と仕事再開【ステロイド5】

    ステロイド2年、サ症5年と仕事再開【ステロイド5】

    このブログは、難病やサルコイドーシス(サ症)の仲間に向け書いています。

    ここでは、5年前(2017年)の春に発症した私のサ症、約2年前から始めたステロイド治療*の経過、

    (ステロイド減量中に増悪した為、途中から免疫抑制剤、煎じ薬を併用しています。)

    3年の休職を経て、この4月から新天地で始めた仕事について書いています。

    何かのお役に立てば幸いです。

    人体の副腎皮質と言う器官から分泌されるステロイドホルモンを基礎に作られた薬

     

    初めまして、モモタ侍と申します。

    50歳を目前に、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

    ステロイド2年、サ症5年の経過

    2020年の夏にステロイド剤導入の為、1か月の入院をして約2年が経とうとしています。

    プレドニン30mgから始めて、去年の春には8mgまで減らしたところで、増悪を経験。

    12mgに戻し、今度は「免疫抑制剤」と「煎じ薬」を併用しながら、減量に取組みました。

    そこから、約1年かけて、この5月に課題の8mgに再到達しました。

     

    この2年間、ステロイドの大きな副作用は経験していません。

    あえて言えば、ムーンフェイス?(顔が少しふっくらする)くらいでしょうか。

    ただ、将来の副作用のリスクを考えると、1mgでも減らす努力は続けていく必要があると考えます。

     

    2度目の8mgへの減量時、呼吸のしんどさ、痛みも感じ、再増悪の嫌な予感がしました。

    新しい試みの「免疫抑制剤」や「せんじ薬」の意味はなかったのか?とガッカリもしました。

    しかし、その辛さは減量時の一時的なものだったのか、2カ月経った今では体調も安定して7mgも見えそうな感じです。

     

    サ症になって5年、ステロイドを始めて2年、この病気とも長い付き合いになります。

    その中で感じる体調の波、一喜一憂の波は、何年たっても無くなるものではありません。

    休職 → 転職、そして3年ぶりの仕事再開

    4月から新しい仕事を始めました。

    3年ぶりの仕事で、週5勤に耐えられるか?不安も大きかったですが、職場にも恵まれ、仕事内容も楽しい。

    今の所、大きな問題もなく、無事GWまで来れたのは、自分にとって大きな一歩です。

    仕事を再開し、集中する中、痛みやシビレは忘れいている時が多いです。

    神経内科の先生に、痛みやシビレは、体がその感覚を覚えてしまうことがある。

    なので、他のことに集中して忘れる事も大切と言われました。

    その通りだと今感じています。

     

    一方、働くことで体に負担が掛かっているのも事実です。

    いざ仕事を再開すると、5年前、海外でバリバリやっていた頃の仕事のペースに戻りそうになります。

    気持ちも前向きになりすぎ、夜も仕事のことを考えると眠れない。

    しかし、体を壊した時の、失敗は決して繰り返してはならない。

    時々立ち止まり、前のめりになりすぎる心にブレーキを掛けるようにしています。

    持病を持ってから初めての仕事再開、試行錯誤の日々。

    ペースを上手く作っていけるか、一日一日が正念場です。

     

    3月末に前の会社を退職しました。

    そして、大阪市阿倍野区にある、社会福祉法人で 働き始めています。

     

    5年前 海外で、会社の経営難に伴う仕事の負担・ストレスが掛かりサ症を発症しました。

    私は、帰国し即入院、半信半疑で復職するも、病気が増悪し1年で休職。

    見も心もボロボロ、廃人のようになりました。

     

    当時、会社が倒産の危機を迎える中で、多くの仲間が会社を去りました。

    病気を発症し亡くなった方、障害を持った方、私のように希少難病になった人も多くみました。

    人間の体は非常に繊細でもろく、簡単に壊れてしまうことを、その時、体験しました。

    会社を私物化し、稚拙な経営で社員を危険にさらし、挙句に見捨てて逃げ去った。

    当時の経営陣への恨みは一生消えません。

    それは、人間の無責任さが引き起こした、人災であったと今も信じています。

    このような悲劇が、一例でも減る事を願ってやみません。

     

    一方、社会復帰まで支えてくれた支援者、会社の休職制度、倒産の危機から救ってくれた台湾の会社、行政の仕組み(傷病手当、医療制度)には感謝しかありません。

    前の会社のご縁で、その創業者が始めた社会福祉法人で、今働かせてもらっています。

    「ご縁」と「恩返し」

    3年前、休職を取った頃は、心も体もボロボロでまるで廃人でした。

    それでも、人は本能で少しずつ前に進もうとするもの。

    散歩や野菜作りなど、今出来る小さな事を始めました。

    心が少し元気になると、外国人に日本語を教えたり、難病・障害者の当事者ボランティアにも参加しました。

    10年間お世話になった海外の人達の役に立ちたいと法律(行政書士)の勉強も始めました。

    約2年前に始めたステロイド治療も功奏し、血液マーカーも正常値に戻り、生活の質も大幅に改善。

    ステロイド減量中に、一度は増悪を経験しましたが、その後も生活の質を保っています。

    健康状態が長く安定すると、徐々に元気だった頃を思い出せるようになりました。

     

    休職期間も終わるので退職を考えてた時、新しい仕事に誘ってもらいました。

    誘って下さったのは、前会社の創業家の方でした。

    考えると、私は、何かのご縁で導かれてきたように思います。

    バブル全盛期、周りの人が複数の内定をもらう中、私だけは、徹底的に面接を落ちました。

    そして唯一採用してもらった会社、面接官の笑顔を今も覚えています。

    入社してからは、このご恩を返そうと、自分なりにベストを尽くしました。

    組織で動くのが苦手な私が、良い先輩にも恵まれ、夢だった海外赴任もさせてもらいました。

    会社の経営が悪くなり、そのあおりを受けて難病になりましたが、今度は、会社の手厚い休職制度に救ってもらいました。

    そして、今度は新しい仕事を紹介してもらい。。。

     

    新しい仕事は、社会福祉法人で、保育所、特別養護老人ホームなど、人の一生が詰まっています。

    福祉業界は、志を持って入る人が多いのか、優しく、奉仕の精神と向上心が高い社員さんが多いです。

    日々、命に向き合う仕事だからか、目の前の現実から逃げない人も多いです。

     

    再就職までの3年間、多くの支援者に支えられ、元気をもらいました。

    また何かの強いご縁で、新しい仕事を頂けました。

    これらの全てに、33年間の知識と経験の蓄積を全て注ぎ、恩を返して行こうと思います。

    最後に

    社会福祉の業界に入って、難病患者として、当事者目線に立って新しい試みをしたいと思います。

    子供、お年寄り、難病の人、障害のある人、外国の人など 多様な人が集まってリラックス出来る場。

    そばには、介護士さんや保育さんなど、その道のプロの目がある安心できる場。

    そんな場所になるような、コニュニティカフェを検討しています。

    メーカーと違って、需要がまだまだある業界、提案できることが一杯あります。

    また、拡大して、目標を達成する事が社会の為にも役立つ。

    なんと素晴らしい業界だろう、と思う、新入社員1か月目の現状です。

     

    最後まで、読んで頂きありがとうございました。

  • 難病 私の居場所 堺市【難病と私10】

    難病 私の居場所 堺市【難病と私10】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

    ここでは、難病を発症し、長い海外生活から心身ともボロボロになり帰国した私。

    その私を、迎え入れ・支えてくれた堺市の魅力について、私の体験・感想に基づき書いています。

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

    京都出身の私は、大阪→フィリピン→ロシアと巡って、今、堺市(大阪府)に住んでいます。

    住み始めて間もなく4年になりますが、以前は全く縁の無い街でした。

    しかし、海外で難病を発症し、帰国したのが、この街でした。

    病気の辛さ、10年ぶりの日本、仕事環境になじめず、どん底だった時期を支えてくれました。

    病気を少しずつ受入れ、前を向くことが出来たのも、この街のおかげと思っています。

    この記事が、サ症や難病の方々の何かのお役に立てれば幸いです。

    私の居場所 難病になって

    久々の日本、失った健康、その上、病気を増悪させた私に、居場所はありませんでした。

    群れるのが得意でない私の居場所は、30年の会社勤めの間に、会社に限られていました。

    病気・休職で、唯一の居場所を一瞬で失いました。

    居場所も無いまま、たくさんの時間が出来ました。

    痛みや疲れの続く辛い自覚症状、痛んだ心、茫然自失の中、ブラブラ散歩を始めました。

    家の近くには、大阪刑務所があります。

    この刑務所は、日本最大で2番目の収容力を持ち、西日本では最大規模だそうです。

    いつも整然とし、それでいて温かみのある場所。

    いつしか、その外周は、私にとってお決まりの散歩コースになりました。

    刑務所が移設された当初は、周辺住民の反対もあったと読みました。

    しかし、今は、地域の人々やこの街に溶け込み、一体化しているように見えます。

    刑務所の白く、高い壁は、痛んだ私の心が、あるべき方向へ進むのを見守ってくれているようです。

    サ症の仲間相談員

    難病登録をしたきっかけで、市の難病者支援センターから、機関誌が送られてきました。

    いろいろな難病、もっと大変な病状で苦しんでいる仲間がいることを知りました。

    同時に、それを支える地域の仕組みがある事も知りました。

    自然に支援センターの研修や取組みに参加するようになりました。

    多くの難病の仲間が前を向いて生きてることを知りました。

    苦しんでいるのは自分だけではないと、自分の難病を受け入れていくキッカケになりました。

    サ症の仲間相談員にもなり、同時に、ここが私の最初の居場所になりました。

    日本語ボランティア

    病気に少し慣れ始めた頃、在留外国人に日本語を教える市の研修会に参加しました。

    10年間の海外生活を支えてくれた仲間に、何か恩返しが出来ればとの思いでした。

    その流れで、一つの日本語ボランティア教室に参加する事になりました。

    組織(学校、会社)で生きて来た私にとって、ボランティア教室は、新しい環境でした。

    上下関係もなく、利益目的もない、常識的な礼節とフラットな人間関係があるのみ。

    この環境に、どう適用すれば良いか、どう振舞えば良いか、しばらく戸惑いました。

    私の参加する教室は、在留外国人の日本での居場所になることが目標です。

    日本語を教えるスキルは全然ですが、事務仕事のサポートは会社での経験が少し役に立ちます。

    最近は、日本語に堪能な実習生の他、日本語も初めての、そのご家族の参加も多くなっています。

    今では、ここもまた、居心地の良い、私の居場所の一つになっています。

    難病・障害者 当時者委員

    難病支援センターの紹介を受けて、市の障害者・難病者の当事者委員に応募しました。

    ここでは、いろいろな障害や難病を持った各委員が、月に一度集まり、話し合いを持ちます。

    当時者目線で、誰もが住みやすい、社会に向けて話し合い、行政へ提案していく場です。

    私のような難病だけでなく、身体、精神、神経など いろいろな部分に疾患を持つ仲間が集まります。

    それを個性と捉えるならば、とても個性的で、多様な集まりです。

    そこでは、毎回、眼から鱗が落ちるような、新しい発想、モノの見方、情報があります。

    以前、支援センターの研修で、難病になり、組織での蓄積を失いどん底を経験したこと。

    その後、人との比較が気にならなくなり、自分が正しいと思う生き方に舵が切れた話したこと。

    を、話したところ、講師の方が、それは、相対的→絶対的価値観にシフトした為で、絶対的価値観は、人間としてどうあるべきかと言った、人間性を高める上で非常に重要な要素です、と教えてもらいました。

    当時者委員会の仲間は、この絶対的価値観を磨いて来た達人たちの集まりだと思います。

    このように、サ症発症から4年経った私は、堺市の中に、いくつかの居場所を作る事が出来ました。

    どうやら私のサ症は、一生続きそうですが、自分の居場所がある限り、前を向いて、充実して残る余生を楽しく過ごせそうな気がしています。

    堺市の概要

    堺市は、人口 約83万人(日本で14番目)の政令指定都市です。

    お隣は大阪市で、関西空港にも近く、地理的に便利な位置にあります。

    和歌山県にも近いため、気候は1年を通して暖かく穏やかなです。

    観光や文化の面では、一昨年、仁徳天皇陵などの古墳群が、世界遺産になりました。

    また、昔は南蛮貿易で栄えた、歴史のある町で、今もそのなごりを感じます。

    金属加工や包丁など、匠の技(独自の技術やノウハウ)を持つ会社がたくさんあります。

    匠の技の為か?美味しく、値段もリーズナブルな(仏、伊など)レストランが点在します。

    堺東駅(南海 高野線)周辺は、市庁舎、金融、百貨店、商店街など ギュッと詰まっています。

    また、堺市の物価は、お隣の大阪市に比べて少し安く感じます。

    また、土地が余っているのか?無料や安くコインパーキングが多く車移動にも適しています。

    街の歴史

    堺市は日本の歴史において、商業の中心地として大きな役割を果たしてきました。

    この背景が堺の町、人を形作っているように思います。

    商人の町と千利休

    堺市は歴史的に商売の町です。 そう感じることがよくあります。

    コロナ禍になり、自宅を簡単に改良して小商い(こあきない)をしている店をよく見ます。

    堺の人と話していると、合理的でリーズナブルな考えを持った人達が多く感じます。

    約500年前、堺商人は、日本注で活躍し、日本の発展に大きく貢献たと言われます。

    ムダ金は使わず、一方、将来への投資には大金をだす、投資家として優れた目をもった堺商人。

    江戸時代の作家 井原西鶴は、著書「日本永代蔵」の中で、堺商人を絶賛しています。

    堺に生まれた有名人に、千利休(茶人、1522~91年没)がいます。

    茶の湯の一つの形式である侘茶(わびちゃ)を完成させました。

    茶の湯は、当時、高価な中国製の茶器を自慢し合うお金持ちの楽しみだったそうです。

    利休は、簡素な日本の茶器を使い、質素・倹約な禅の精神を取り入れました。

    そう言った、不完全なモノの中に、モノが本来持つ、美しさ見出そうとしたそうです。

    これにより、茶の湯は一般大衆にも親しみまれ日本中に広まりました。

    堺市は(政令)指定都市ですが、私の住む地域には、日本に失われつつある「ご近所」の精神が残っている気がします。

    私の知る仲間は、耳の痛い、ある種面倒くさい問題からも逃げずに、困っている人や仲間に手を差し伸べます。

    互いに助け合い、切磋琢磨して商売をしてきた商人の気質が、今もこの街に生きているのかもしれません。

    最後に

    私は堺の街や人に、自由な空気を守ろうとする、誇りやひんのようなものを感じます。

    住んでいた海外の街々に似たオープンさを感じ、もはや半外国人の私にも居心地良く感ます。

    海外や日本各地に飛び出し、日本の発展に貢献してきた堺商人の歴史的なものなのでしょうか。

    この街が、これからの日本が目指す、モデル都市になる事を願います。

    最後まで読んで頂きありがとうございました

  • ヘルパーさん不足 どうしよ?【難病と私11】

    ヘルパーさん不足 どうしよ?【難病と私11】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間 に向けて書いています。

    私は、難病になる前、10年間 海外(新興国)で働いていました。

    ここでは、その経験をふまえて、私が感じているこれからの日本の不安。

    その挽回策でもあり、難病者の課題でもあるヘルパーさん不足について、一つのアイデアを書きました。

     

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、50歳を目前に、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言う できもの が、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

     

    以前、私が働いていたのは、日本のように恵まれた国々ではありませんでした。

    病気を機に戻った日本は、10年前とは少し違い、新興国と似た不安感を感じる時もあります。

    なので、私の海外と難病の経験を何かの役に立てられないか考えています。

    何かのご参考になれば幸いです。

    今の日本 これから

    数値から見る、日本の今後は恐らく冬の時代を迎えそうです。

    日本の家計簿(2019年)

    上記は、日本の2019年度(18年4月~19年3月)の日本の収入・支出の内訳です。

    • 収入は68.8兆円、支払いは101.5兆円でした。
    • 32.7兆円赤字借金(赤字国債発行)をしました。
    • 収入「税金」支出は「社会福祉」と「借金の利息返済」大きな割合を占めています。

    悪い事に、日本は借金大国で、19年度含む 借金総額は、897兆円(上記)になります。

    これは、先進国で ダントツ1位(GDP比)で、民間企業なら、とっくに倒産していたでしょう。

      なので、早く借金を返済しないといけないのですが、それも難しそうです。

      (参照情報:財務省HP→税制→わが国の税制の概要→わが国税制・財政の現状全般→財政に関する資料)

        その大きな要因が、これから直面する、少子高齢化です。

        上記の予想を見ると、日本の総人口に占める65歳以上の割合が

        • 1980年 9.1% → 2000年 28.9% → 2060年 38.1% となる見通しで、高齢化率も世界一位です。

        65歳以上 1人を、今後、15~64歳  1.5人で支えることになります。(以前は10人で支えていました)

        少子高齢化は、税収減と社会保障費(医療や年金)増により、借金返済を更に厳しくします。

        また、直近2年のコロナ禍で、国の借金は更に増えていると思われます。

        (参照情報:内閣府HP→共生社会政策トップ→高齢社会対策→高齢社会白書→令和元年版高齢社会白書→高齢化の現状と将来像)

        フィリピンとロシアでの経験

        以前住んでいたフィリピンやロシアで下記のような経験をしました。

        ①フィリピンは、貧富の差が激しく、日系企業のスタッフでさえ低所得の人が大半でした。

        社会福祉も、不十分で、病気や貧困により、日々多くの人が亡くなります。

        以前、会社のスタッフが、急性の心疾患で、病院に運ばれました。

        延命はお金が掛かるので、選択の余地なく人口呼吸器を外すのを見ました。

        今回のコロナ禍でも、恐らく、日本のような(手厚い?)サポートは受けれないでしょう。

         

        ②ロシアでは、自国通貨ルーブルの暴落を経験しました。

        ロシア人の自国通貨への信頼度は低く、多くのロシア人は自己資産をドルやユーロで持っていました。

        通貨価値が半分になると言う大変な難局を(慌てることなく)自力で乗り切っていました。

         

        日本がこうならないことを祈りますが、上の数値を見ると少し不安になります。

        新興国での経験から学んだことは、国が貧乏になると国民を助けてくれない。

        なので、国民は自力で、なんとかして生きて行くしかない、と言うことでした。

        私が何か出来る事

        私は、難病になり、この国や会社に助けてもらいました。

        今は、小さくても何か恩返し出来ないか考えます。(もちろん、自分の生きがいにもなる)

        日本のヘルパー(介護士)さん不足

        難病になったのを機に、市の難病当事者委員やサ症の仲間相談員をやっています。

        その中で、障害者/難病者のヘルパーさんが不足している話がよく上がります。

        今は、コロナ禍の影響もありますが、物理的にも人手が不足しているようです。

        このままでは、高齢者介護を中心に 2025年:32万人、2040年:69万人 介護士さんが不足する、とTVで見ました。

        主因は以下の通りだそうです。

        1. 介護士さんの給与水準が、産業平均に対して約6万円低い。
        2. 介護士さんの研修を行う人手、しくみが弱く、定着率が低い。
        3. 少子高齢化による若い労働力の不足。

        上記の課題に何か改善策は無いか、少し考えてみました。

         

        介護士さんの平均賃金を6万円押しあげようとすると年間1兆円の追加予算がいるそうです。

        しかし、先に書いた通り、もう国にはお金がありません。

        私は、今、日本語教室でボランティアにも参加しています。

        一昨年のビザ見直しで、私の教室では外国人実習生が家族を連れて日本にくるケースが増えています。

        今は、一時的にコロナ禍で停滞していますが、この流れは変わらないでしょう。

         

        ご家族は、日本の事もあまり知らず生活、文化、風習も分からない人達がほとんどです。

        しかし、彼らもまた、日本で働きたいと思っています。

        例えば、彼らにヘルパーとしての働き場を提供出来れば、6万円のギャップも埋まり、今後の大きな労働力にもなると信じます。

        一方で、日本人も、(私含め)難病/障害者、高齢者は「仕事」探しに苦労しています。

        その中には、何か/誰かの役に立ちたいと言う、生きがい、やりがいを探す人が沢山います。

        これらの人達が、安くで外国人ヘルパーさんに日本の言葉、暮らし、風習を教えれば良いと思います。

        お互いが持てる強みを生かせ、お互いが必要とされるウィンウィンな関係です。

        (マザーテレサの名言よると、「この世で最大の不幸は、人に必要とされないと感じること」だそうです。)

        このような仕組み作りが出来れば多くの問題が解消する気がします。

         

        私の参加するボランティアは、在留外国人の日本での居場所になるのが目的です。

        日本語学校は授業料が高いので、そこにいけない学習者が、日本語教室にきます。

        私は、もう一度、地域=居場所=昔のご近所付き合い の復活が大事だと思います。

        調査によると、残念ながら、日本は、外国人に取って働きたい国の上位ではありません。

        外国人家族も日本の生活にスムーズに馴染める仕組みがあること。

        それは、どの国で働くか迷っている外国人へのアピールポイントにもなると思います。

         

        コロナ禍での新しい仕事や働き方のモデル作りが進んでいるニュースをよく見ます。

        その中心は、日本の若い起業家/経営者の柔軟で、斬新な発想によるものです。

        IT技術を駆使した、思いもよらない奇抜な発想に、驚き、時に感動すら覚えます。

        19年から日本は、人材確保の為、外国人労働者のビザを緩和し、受入れの拡大を図っています。

        国は数年の間に 数十万人単位で、海外から若い労働者を呼び込みたい考えです。

        これら若い力が、新しいシナジーにより、生産性を向上されば、借金の返済も可能かもしれません。

        多くの人が安心、幸せな国(難病になって思う)

        海外にいた時、日本の本社が経営難に陥り、私のいた現地子会社も、その余波をモロにくらいました。

        子会社だけでも生き延びさせようと、現地スタッフの削減を含むリストラに踏み切りました。

        子会社は一時的に黒字になり、私はリストラに成功したと思いました。

        しかし、本社の経営難が長引くと、子会社は、元気を無くしていきました。

        全スタッフに、「次は自分の番では?」と言う、不安な気持ちが広がったのだと思います。

         

        この気持ちを、実感したのは、私が難病になった時でした。

        健康な体を失い、心身ともに壊れて、まともに働けない時期が続きました。

        その間、日本の社会保障や会社の福利厚生に助けられ、安心して治療に専念できました。

        この国や会社の制度が無ければ、闘病生活はもっと不安で過酷なモノになっていたでしょう。

        私の病気は一生続くものでしょうが、それでも、少しずつ心身は、安定しつつあります。

        この日本と言う良い国、良い社会が、ずっと続くことを心から望みます。

        最後に

        ロシアにいた時、学び、実感したことですが、日本の強みは

        • 米、中、ロ 世界の3大国の接点にある地政学的なアドバンテージ。
        • 世界的に見ても優秀な民族、国民性(たぶん世界一) だと信じます。

          この延長線上で考えると、 国土も資源もない、しかし知恵と工夫で栄えるハブとよばれる国々。

          アジアならシンガポール、欧州ならベルギーのような国が、今後、日本が目指すモデル国と感じます。

          日本のプラスの強みは、誠実な国民性が持つ「安定性」、「安全性」だと思います。

          例えば、今、中国化に揺れる香港の世界の金融拠点としての地位を日本に呼び込む、と言った発想はないでしょうか。

          少子高齢化リスク、内需縮小も一気に解消する気がします。

           

          最後まで読んで頂きありがとうございました。

        • 経過観察って何するの?【サ症8】

          経過観察って何するの?【サ症8】

          このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

          ここでは、私の難病を通して、経過観察とは何をするのか、実体験に基づき書いています。

          初めまして、モモタ侍と申します。

          4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

           

          サ症や難病の記事を読んでいると「経過観察」と言う聞きなれない言葉をよく目にします。

          私は、発症当時、この言葉と内容がピンと来ずにいました。

          サ症や難病の方の、何かご参考になれば幸いです。

          経過観察とは

          私は、サ症になるまで「経過観察」と言う言葉を知りませんでした。

          難病と言う、治療法の無い病気がある事は、うっすらと知っていました。

          私は、10年間、海外駐在をしていた為、毎年、人間ドックを受けていました。

          その結果に異常がなければ、病気にはならない、とある意味油断していました。

           

          まさか、10万分の1と言った希少な病気に自分がなるとは夢にも思いませんでした。

          難病の定義には、①原因不明で②治療法が確立されておらず③一生付き合って行く、とあります。

          この先、寛解・増悪を繰り返すか、現状維持か、または進行していくのか、正直分かりません。

          その為、病気の状態や勢い、合併症の有無など 定期検査し、その都度、治療方針の見直し、投薬調整をする必要があります。

          この作業が、経過観察と理解しています。

          私の経過観察

          私のサ症は全身にあり、平均2~3回/月は通院(経過観察)が必要です。

          今の所、ステロイド剤が効いていて、病状は安定しています。

          また、休職中なのでスケジュールにも余裕があります。

          しかし、ひとたび増悪すれば、通院回数は増え、復職すれば何度も通院するのは難しくなります。

          この辺りが、経過観察のスケジューリングの難しさだと思います。

          内容

          現在、私は7科で以下のような内容と期間で経過観察をしています。

          診療科        内容           頻度

          1. 全体   :血液、肺のレントゲン      (毎月)
          2. 呼吸器内科:上記に基づき投薬方針の調整と問診(毎月)
          3. 循環器科 :心電図と心エコー     (半年に一回)
          4. 神経科  :投薬調整と問診      (2カ月に一回)
          5. 神経内科 :問診           (3カ月に一回)
          6. 皮膚科  :皮膚サ症の状態確認と問診 (3カ月に一回)
          7. 眼科   :目の検査と問診      (半年に一回)
          8. 整形外科 :股関節のレントゲンと問診 (1年に一回)
          9. その他  :肝エコー、CT、MRI など

          今は、昨夏に開始したステロイド(プレドニン)の投薬方針を見極める必要があります。

          毎月の呼吸器内科の診断と、その前週に、血液とレントゲンで、月2回の通院が必要です。

          それにプラスして、他の科の受診含め 平均3回/月くらい通院しています。

          尚、通院回数は、病気の変動が激しい/安定してる時期で、大きく変わるので、主治医と相談しながら行います。

           

          サ症で、いちばん命のリスクを伴う臓器は、心臓と肺と書かれています。

          私の場合、心サ症は今のところないので、一番注意が必要なのは、昨夏に治療した肺の状況です。

          その為、血液マーカーと肺レントゲン画像を中心に毎月、検査と診断をします。

          プレドニン(ステロイド)30mgでスタートして、経過は順調でした。

          副作用のリスクを減らす為、薬の減量を続け、10mgを切る頃にサ症が再燃しました。

          その為、ステロイドをいかに抑制出来るか、が直面する課題です。

          今は、免疫抑制剤や漢方との併用など 主治医と話し合っています。

          もうしばらく、この忙しい通院状態は続きそうです。

          通院費用について

          経過観察を続ける上で、通院費用はバカになりません。

          経過観察は、サ症の治療法が見つかるまで続く、恐らく一生の長丁場です。

          例えば、私の通っている大学病院は、車で1時間ほどの所にあります。

          その為、高速代だけでも往復3000円掛かります。

          それにプラスで、ガソリン代、駐車代など 2~3回/月となると結構な出費です。

          (それでも都市部に住み、医療補助も受けている私は、恵まれている方でしょう)

          これが、一生続く可能性もある訳ですから、病院との距離も大きな問題になります。

           

          一方で、難病での 病院や医療従事者の方々との出会いは、一期一会と痛感します。

          それは、配偶者や一生勤める会社との出会いにも似ています。

          今の大学病院や先生方への信頼感、安心感は、とても大きく、これは何物にも代えがたいです。

          それが理由に、4年間の通院も、一度も苦になったことがありません。

           

          なので、お金の問題に直面した時は、病院の変更でなく、まず費用の低減方法を考えます。

          例えば、障害者手帳では、高速代金の割引が受けれるようです。

          高速道路も経路により、安くもできます。

          今後、運転を止めた時どうするか?など、課題にぶつかるでしょう。

          でも、その都度に考えていこうと思っています。

          参考図書:「医療費で損しない46の方法」 原 昌平 著 中公新書ラクレ

          経過観察の見方を変えると

          ここまでのお話では、大変なイメージが多いかもしれません。

          しかし、モノは考えようかもしれません。

          私は、経過観察を「日本一の医師団が、私だけを専属で毎月診てくれる人間ドック、しかも保険適用」と考えます。

          難病は、残念ながら、合併症でガンなどになる確率も高くなります。

          しかし、同時に、この月次人間ドックにより、早期発見されるケースも多いようです。

           

          また、私の大学病院の場合、主治医の方々の多くは、医師であると同時に、大学の先生や研究者です。

          問診を通して、斬新なモノの見方、新しい考え方が聴けるのは、とても贅沢な気がします。

           

          そのお返しに、私は、この経過観察を少しでも長く続け、一症例になることが責務と考えます。

          私のサ症は、海外(ロシア)で発症した、レフグレン症候群(急性サ症)と言う、日本人には珍しい型です。

          また、ステロイドを使い、今後、免疫抑制剤や漢方なども使うことになりそうです。

          多くの難病同様、サ症も症例報告が少なく、特に長期の経過観察の記録が少ないと読んだことがあります。

          少しでも長く、いろいろな投薬や治療を試したい。

          これが今のモチベーションの一つです。

          最後に

          経過観察は、サ症の根治療法が見つからない限り、恐らく一生続くものです。

          最初、一生続くと知った時、とても後ろ向きな気持ちで受け止めていました。

          その後、何か少しでも前向きに考えれるネタは無いかと、ここに書いた考えに至りました。

          今は、何でも前向きにとらえよる癖が付きました。

          これは、サ症になる前には無かった、新しい私の正確、良い習慣です。

          心も体も、病気になる前より元気になった気がすることも多いです。

           

          最後まで読んで頂きありがとうございました。

        • QOL(生活の質)を上げる【難病と私8】

          QOL(生活の質)を上げる【難病と私8】

          このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

          ここでは、難病を持つ私が、QOL(生活の質)を上げる試みについて経験に基づき書いています。

          初めまして、モモタ侍と申します。

          4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛い自覚症状です。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

           

          難病などの記事を読むとQOLの改善についてよく書かれています。

          難病そのものは治らなくても、健康状態全体を改善し、病気前の状態に近づける試みです。

          方法としては、治療や薬など医学的なものの他に、自分で出来ることも多いと思います。

          ここでは、私が、心と体のQOLを上げる為、4年間で効果を感じた実体験に基づき書いています。

          サ症や難病を発症され、困ってられる方が、病気と上手く付き合う為、何かの参考になれば幸いです。

          心のQOLを高める

          ここでは、心のQOLを高め、自分を取り戻す為にして来たことを書いています。

          「難病」と言う言葉にまどわされない

          サ症などの難病は、原因がわからず、治療法も確立されていません。

          なので「もう治らない」、「もう私の人生終わった」と、全てを投げ出しそうになります。

          私も、難病になったショック、病気の辛さで、ひどく気持ちが落ち込む時期が続きました。

          しかし、月日の経過とともに、病気と同じくらい(それ以上に)、「難病」と言う言葉自体やその風評が、心に悪影響を及ぼしているように思えてきました。

           

          次の2つが、私の心に悪影響を及ぼしていると思う要因です。

          ①(サ症になる前の)健康な体が戻ってこない絶望感・喪失感 

          得体の知れないものになった不安感

          もし、これらの感情を、上手く扱えれば、心が少し軽くなるのではないか、と考えました。

           

          例えば、①について、サ症を発症する前の体の状態を思い出してみました。

          確かにサ症は無かったものの、長い海外(新興国)生活、仕事のストレスなどで、健康そのものとは言えませんでした。

          体がダルイ、体調が悪い日も多く、年に1度は熱をだして数日寝込むこともありました。

          それに比べ、毎日歩いてお日様を浴び、食事やお酒も管理している今は、サ症はあるものの体調もやる気もそれなりに安定しています。

          その証拠に、サ症になってから一度も熱を出して寝込んでいません。

          発症は4年前で、そこからの老いによる体力低下も考慮すべきでしょう。

          また、失ったモノは大きく思え、過去はいつも美化される。

          気持ちの落込みは、そう言った人間の思考の影響も大きく作用していると感じます。

           

          ②について、私はサ症の特徴の一つ、辛い「痛み」に悩まされてきました。

          その為、発症から数年は、どこかに痛みを感じると全てサ症と関連付け、不安がっていました。

          下腹部が異様に痛むと内臓のサ症が悪化したのではないか?

          歯ぐきが腫れるとステロイドの副作用で顎骨壊死になったのではないか?

          結果、お腹は尿路結石、歯ぐきは虫歯など、サ症と全く関係はありませんでした。

          また、「痛み」とはやっかいなもので、同じ痛みが続くと神経がその恐怖体験を覚え、どこも悪くないのに体が痛いと感じることが医学的に証明されているそうです。

           

          以上のように、自分の思い込みによる不安感などが、体にストレスを与えてる場合もあります。

          これらを切り分けて、その部分のストレスを軽減する試みも、心のQOLを高める一つの方法と考えます。

          散歩、掃除、植物を育てる

          散歩、掃除、植物を育てること、サ症になってから続けてきた大切なモノたちです。

          2年半前、サ症が増悪し、会社を休職しました

          以前のように働けず、気持ちもどん底で、心も折れそうになっていました。

          その上、会社や仕事に依存し過ぎていた私には、それ以外、何も残っていませんでした。

          何もかもが憂鬱な日々の中で、なんとか始めれたものが、散歩や掃除、植物の栽培でした。

          最初は、散歩と言っても、呆然自失で近所を徘徊しているような状態だったように思います。

          しかし、2~3カ月ほど経った頃でしょうか?

          少しずつ周りの景色が見え始めました。

          それから、少しずつ頭が鮮明になり始め、心に元気が戻り始めました。

          そして、最後には歩くペースと共に生活のペースも、以前のように戻り始めました。

           

          サ症になって海外から帰国したのを機に、断捨離をしました。

          残りの人生や生活で必ず使うモノだけを残して、後はバッサリと捨てる。

          少しモノが溜まれば、見直してまた捨てる、を繰り返し部屋の中をシンプルにしました。

          部屋の中=その人の頭の中 だそうです。

          掃除をすることで、頭が整理され、前を向く為の新しい発想が浮かぶことがあると本で読みました。

           

          ベランダで植物(多肉植物や野菜)のプランターでの栽培を始めました。

          私は、気が短く、また手抜きが下手な性格で、最初、植物栽培は手こずりました。

          手を掛けて水をやりすぎると枯れる、かと言って放っておいても枯れる。

          しかし、急がずに、植物の成長を見ながら、必要最小限の手助けをすると上手くいくことに気付きました。

          植物は、私に、気を長く持ち、手抜きも必要であることを教えてくれました。

          また、野菜作りは、家計の助けにもなり、自分で作った野菜は美味しく感じます。

           

          難病になるのは、私も含め、手抜きができず、繊細な性格の方が多いようです。

          そう言った人は難病発症の前後で、体と同時に心を痛められることが多いと思います。

          私にとって、散歩、掃除、植物栽培は自分のペースを取り戻し、心の傷を癒し、再び前に進ませてくれる効果があったのだと実感します。

          睡眠の質を高める

          CPAPと言う機器を使って睡眠の質を高めた試みについて書いています。

          私の悩みの一つに、加齢とともにひどくなるイビキがありした。

          イビキは、周りの迷惑以外に、恐い病気(睡眠時無呼吸症候群など)のシグナルだったりします。

          2年前に一度、検査をした時は睡眠時無呼吸ギリギリの状態でした。

          その後、耳鼻科に通い、枕を変えたり、いろいろ試しましたがイビキは全く改善しません。

          最近では、いくら寝ても眠気が取れず、昼頃に恐ろしい眠気に襲われていました。

          また、夜中に変な夢をよく見て、息苦しさで目が覚めることが多くなりました。

          そこで、イビキの専門医を探して再検査してもらいました。

          結果、かなり重度の睡眠時無呼吸で、最長無呼吸時間は 約2分間近くでした。

          寝ている間の血中酸素量が大幅に低下し、溺れながら寝ている状態と言われゾッとしました。

          そこで、保険適用でCPAPと言う機器を使用する事が出来ました。

          CPAPは、顔(鼻)に付けたマスクに空気が送り込まれ人工的にイビキをかけなくする装置です。

          私の場合、効果てきめんで、イビキは全くなくなり、血中酸素量も正常化、昼間の眠気も減り、変な夢も見なくなりました。

          そして、それまで100回/分 以上と頻脈気味だった脈拍数が安定化しました。

          恐らく、心臓などにも負担が掛かっていたのでしょう。

          CPAPは対処療法ですが、保険適用で月4,000円強、効果も目に見え、QOLの改善を助けてくれています。

           

          体のQOLを上げる

          私のサ症は、痛み、シビレ、疲れが、辛い自覚症状でQOLを落とす主因です。

          これらの自覚症状を少しでも弱め、体を良い状態に保つ為、ストレッチとマッサージを続けています。

          ストレッチは全身の為、継続的に、マッサージは局部的に、局所的に、両者を棲み分けて行います。

          どちらも良いコーチ/先生に恵まれ、体のこともいろいろ教えてもらえています。

          ストレッチ

          私は、2週間に一度、30分間ストレッチを受けています。

          日本ではストレッチと言うとスポーツマンのすることのように思います。

          しかし、アメリカでは、リハビリと同じように一般大衆に根付いているようです。

          私のストレッチは、日本ではスポーツ後にする(静的)トレーニングの部類に属すそうです。

           

          人間は生まれ持った姿勢や筋肉の使い方が、一番バランスが良く、体に負担が掛からないそうです。

          なので、正しい筋肉の使い方を再び体に覚えさせ、それに連動して骨や神経も正しい状態に戻すことが私のストレッチの目的です。

          例えば、肩こりの対策として、肩甲骨の辺りの筋肉をコーチに柔らかくしてもらっています。

          本来、肩甲骨周りの大きな筋肉で頭をで支えるべきなのに、楽な姿勢に慣れ、間違った筋肉を使うことで首や肩に負担が掛かって肩こりが発生するそうです。

          コーチから、体・筋肉の仕組みを学びつつ30分、家に帰って自分でも出来るのがメリットです。

          おかげさまで、大きな気温・湿度変動のあったこの冬を、比較的安定して過ごせました。

          ただ、ある程度継続しないと効果が見えにくいのが難点だとコーチは言います。

           

          その他にも、体のもとになるたんぱく質を効率的に取るためのプロテイン活用法。

          筋膜のはがし(筋肉の萎縮、癒着を正常な状態に戻す)機の活用法。

          など 目から鱗の情報もコーチに教えてもらって、楽しくQOLを上げています。

          マッサージ

          サ症による下肢のシビレが強いとき、気温や湿度が大きく変化して首がむち打ちのようになる時、マッサージに行きます。

          長期的な効果はありませんが、押してもらうと下肢のシビレがぼやけ、楽になります。

          首も楽になることで、張り詰めていた気持ちがほぐれます。

          「痛み」を弱め、難病や後ろ向きな気持ちを忘れられる時間を長くすることはとても大切です。

          私にとって、マッサージは、痛みやシビレの頓服薬的な効果を持っています。

           

          最後に

          QOLを上げる追加対策として、漢方薬を試して見ようと思っています。

          私の場合、プレドニン(ステロイド)を10mg前後まで減らすと、サ症が再燃します。

          先生方は、長期的には10mgの維持量では、まだ多いとおっしゃいます。

          かと言って、痛みが出て、病気を思い出すことは、私にとって一番避けたいことです。

          サ症に抗炎症系の漢方が効いたと言う、症例報告を読みました。

          私の痛みには、抗炎症剤のロキソニンが良く効きます。

          副作用の少ない漢方薬を併用して、副作用の多いステロイドの減量を図れないか?

          幸い、神経科の主治医が東洋医学の専門でもあり、いろいろ聞いて試そうと思います。

          和洋折衷、近くの神社のお参りなど、お金を掛けずにQOLを上げることはなんでもしようと思います。

          また、何か良いものがあればご紹介いたします。

           

          最後まで読んで頂きありがとうございました。

        • 検査入院 って何するの?【サ症7】

          検査入院 って何するの?【サ症7】

          このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

          サ症になって、これまで2度の検査入院、1度のステロイド治療入院を経験しました。

          ここでは、難病の確定診断時に良く行う、検査入院とは何をするのか。

          その他に、入院時の準備や、入院中に感じたことなど実体験に基づき書いています。

          みなさまの何かのお役に立てば嬉しく思います。

           

          初めまして、モモタ侍と申します。

          4年前、突然 指定難病のサ症になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

          検査入院とは

          発症からの4年間に、2度の検査入院、1度のステロイドによる治療の為の入院をしました。

           

          それまで、入院とは、手術や投薬など 何か治療をして体を治すものと思っていました。

          なので、「検査入院しましょうか」と最初に言われた時、何をするのかイメージ出来ませんでした。

           

          検査入院とは何をするのか? 結果から言うと、その名の通り、毎日ひたすら検査をしていました。

          サ症など 治療法も確立されていない難病の場合、病気を確定する為の、明確な検査法も無いようです。

          その為、多角的に検査して、他の病気の可能性を排除し、最終「確定診断」にたどり着きます。

          私の場合は、自覚症状が強く、沢山の臓器にサ症固有の病変が出たので早く判明しました。

          しかし、沢山の検査をしても、なかなか確定診断が出ないケースもあると症例報告で読みました。

           

          1回目の検査入院は、毎朝、血液を取って、日中に1つは何かしらの検査がありました。

          私は、肺、目、神経、肝臓、皮膚など全体にサ症の病変があります。

          なので、肺の気管支鏡検査、神経の髄液検査などの少し大変な検査から、各臓器ごとのMRIやCTなど 細部に至るまで、沢山の検査を受けました。

          入院期間は1か月でしたが、発症直後で病勢の強い時期で、検査時間以外、ほぼ眠っていました。

           

          2回目の検査入院は、1回目から約1年半後、病気が増悪したタイミングでした。

          中身は、前回と同じく、一連の再検査、痛みやシビレに対する投薬とその経過観察などでした。

          この時も、約1か月の入院でした。

           

          3回目は、昨夏、肺の機能低下が進んだので、ステロイド導入の為の治療入院でした。

          治療と言っても、根治する訳では無く、あくまで病勢を抑える対処療法です。

          何をしていたかと言うと、プレドニンと言う薬を飲んで、薬の効き目や副作用が無いか、を検査で経過観察する毎日でした。

          前2回とは違い、薬で、日々、元気になるので、筋肉を落とさない為のリハビリが追加されました。

           

          難病の場合、入退院を繰り返すとよく聞きすが、検査入院や増悪時の対処の為、入院をするのだと思います。

          また、完治と言わないのは、誰も原因や治療法が分からず「治った!」と言えないので、寛解*と言うあいまいな言葉を使うんだと、自分では理解しています。

          *寛解・・・病気の症状が、一時的あるいは継続的に軽減した状態のこと

          入院時 役に立った持ち物

          これまで3回の検査入院をし、いずれも約1カ月の入院でした。

          旅行と同じで、入院も慣れると、その経験により持ち物が改善されていきます。

          これまでの経験に基づき、入院時にあって便利だったものを参考まで下記します。

          尚、持ち物は病院の規則があると思うのでそれにあわせご準備下さい。

          • 日用品  :スポーツタオル(お風呂用)、タオル、下着、靴下、(着衣は病院でレンタル)
          • 食事   :お箸、プラスティックコップ/スプーン/フォーク、小さい調味料、保温ポット
          • 除菌グッズ:ウェットティッシュ(詰め替えも)、除菌ジェル、マスク
          • お風呂用品:シャンプー、ボティ石鹸、垢すり、汗拭きシート、ブラシ
          • 歯磨き  :髭剃り、鼻毛カッター、お口クチュクチュ、歯ブラシ、歯間ブラシ、フロス、舌ブラシ
          • 文房具  :ボールペン、ハサミ、付箋、クリップ、封筒(入院手続きなどの為)
          • その他  :ティッシュ(詰め替え用)、輪ゴム、綿棒、爪切り、エコバック、ゴミ袋、置時計、耳栓、イビキテープ、ファブリーズ、目薬、スティックコーヒー など

          検査→入院→現実を知る 入院中よく見る光景

          私のサ症は、いろいろな自覚症状がでて、何の病気かよくわからないまま入院。

          1か月の検査入院の経過の中で、サ症と言う難病が判明しました。

          入院から難病と分かった過程や、心の動きは以下のようなものでした。

          これらは、その後も、(重い病気と知らずに)入院して来た患者さんに、よく見られる光景でした。

          1. 患者さんは、仕事着のまま、いつもの日常の延長で、病棟にやってくる。
          2. その時、自分の病気が重大、と数分後に知るとは夢にも思っていない
          3. 医師から病気の説明を受ける内に、何かとんでもないことになった!のでは?と感じ始める。
          4. 仕事は?家庭は?、それ以前に自分はどうなる?と混乱する。
          5. はじめて直面する死と言う得体のしれないものへの恐れ、不安、眠れない日々。
          6. そして入院生活が開始。 手術や治療などが始まる。
          7. 入院、闘病の日々の中で、少しずつ自分の病気、置かれた現実を受入れ、慣れていく。
          8. そして最後には、健康の大切さや、命のありがたさ本当の意味で知る

           

          お伝えしたいのは、これらの感情や心の動きは、みんな同じなので恐れる必要は無いこと。

          大切なのは、1~5の期間に「心が折れないよう」過ごし、なんとか乗り切ること。

          その為に、周りのいろいろな支援者の助けを借りることが大事と思います。

          人間良く出来たもので、上記7~8辺りになれば、その状況に慣れ、辛い過去も忘れ、また新しい日常が必ず戻ってきます。

          私の経験から、この事実を同じ不安や悩みを持つ方々に知って欲しいと思います。

           

          入院中、患者(私)が出来ること

          3回目の入院時は、コロナ禍で医療現場がひっ迫しつつある状況でした。

          私の病棟を見ても看護師さんが暇なく走り回ってられました。

          若くて、元気いっぱいの看護師さん達でした。

          それでも、夜勤明けの疲れ切った後ろ見ると、少し心配にもなりました。

          コロナ禍の病棟

          医療従事者不足にコロナが重なり、少ない看護師さんで沢山の患者さんを診てられます。

          3密を避けるためか、最初の入院時より個室利用の患者さんが目立ちます。

           

          話は変わりますが、以前、海外の生産会社で生産現場の管理をした経験があります。

          例えば、テレビを生産する時、屋台方式と呼ばれる一人で一台を生産する方式は、分業式の生産ラインに比べ大幅に効率が落ちます。

          各人が同じ動作を繰り返すライン作業に比べ、屋台方式は一人が沢山の違った動作をするからです。

          病棟も同じで、看護師さんにとって、個室の管理は、相部屋より効率が悪く見えます。

          これも医療現場のひっ迫を招いている一因なのでしょう。

          患者として出来る事

          このひっ迫した状況に、何か患者としてお手伝い出来る事はないかと考えました。

          一つは、患者として、無理ない範囲で、看護師さんの効率が上がるように心がけました。

          基本的なことですが、例えば、食前、食後の薬を自分で忘れず飲む習慣づけ。

          体重と検温は看護師さんの巡回前に済ませておき、結果を伝える事前準備など。

          一人のほんの少しの準備だけで、病棟全体では大きな効率改善につながります。

           

          また、看護師さんは、患者さんと非常に上手にコニュニケ―ションされます。

          患者さんの状態把握の為、大切なスキルの一つなのでしょう。

          辛く長い入院生活中、看護師さんとの会話にいつも救われていました。

          お返しに、看護師さんが必要な情報(体調のこと)は、事前にまとめて簡潔に伝えれる準備をしました。

          これらのことを患者として無理ない範囲できる貢献と考え実践していました。

          最後に

          難病など 治療法が確立されていない病気は、病気の勢いが強まったり、弱まったいするので入退院を繰り返すこともあります。

          とは言え、私のサ症の場合、入院と言っても、特別恐れることは無く、検査したり、薬を飲んだりが大半です。

          食事内容もコントロールされ、規則正しい入院生活は、体調を落ち着かせてくれる効果もあります。

           

          入院期間は、時間もあるので、仕事や家庭のこと等いろいろ悩むかもしれません。

          しかし、これも神様が与えてくれた休息時間と割り切って、ゆっくり休むのが体に良いように思います。

           

          最後まで読んで頂きありがとうございました。

        • ステロイド治療 1年 免疫抑制剤・漢方薬【ステロイド4】

          ステロイド治療 1年 免疫抑制剤・漢方薬【ステロイド4】

          このブログは、難病やサルコイドーシス(サ症)の仲間に向け書いています。

          ここでは、約4年前に発症した、私の急性サ症の経過。

          そして、昨年(2020年)夏に入院、開始したステロイド剤*による治療(免疫抑制剤、漢方薬と併用)の経過について書いています。

          何かのお役に立てば幸いです。

          人体の副腎皮質と言う器官から分泌されるステロイドホルモンを基礎に作られた薬

           

          初めまして、モモタ侍と申します。

          50歳を目前に、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

          私のサ症の現状

          私は、2017年の夏に、赴任先のロシアで急性サ症(レフグレン症候群)を発症しました。

          その後4年間、非ステロイド系の薬(ロキソニンなど)で辛い痛みに対処、経過観察してきました。

          しかし、昨夏、肺の機能低下に伴い、入院してステロイドの治療を開始しました。

          ここでは、その経過について書いています。

          ステロイド治療 約1年の経過

          発症時から、少しずつ影が出来ていた肺の画像が、昨年の夏には、かなり白になりました。

          呼吸機能も低下、自覚症状(咳/息切れ/呼吸時の肺の異常音)もひどくなりました。

          そこで、1カ月程入院してステロイド(プレドニン)治療に踏み切りました。

           

          結果、私にはステロイドが非常に良く効き、肺の画像は2~3週間で大幅改善しました。

          肉芽と思われる、画像の白い部分が、今は、ほぼ消え去りました。

          また、辛い自覚症状だった「痛み」が消えたのが、一番救われたことでした。

          サ症は、各臓器の疾患以外に、痛み、疲れ、シビレなどの 臓器非特異的全身症状*が特徴です。

          長引く痛みは、拷問を受け続けているような、肉体的・精神的ダメージを受けます。

          非ステロイド系の薬(ロキソニン)では取り切れない痛みも、嘘のように消えて生き返りました。

          *目や肺など 固有の臓器が原因で無い症状で、非常に細かい末端神経障害の可能性とも書かれています。

           

          一方で、ステロイドの一番のデメリットは、さまざまな副作用のリスクがあることと言われます。

          その為、使用料を少なく、使用期間をできるだけ短くするのが理想的です。

          私の場合、今のところ特に大きな副作用はありませんが、肝臓のγGTP値だけが悪化しています。

          一番悪い時は、数値が430(正常値:50前後)の異常値になりました。

           

          プレドニンの量は、20年8月開始:30mg/日→ 9月: 20mg → 10月: 15mgと減らしました。

          そこから毎月 1mgにペースを落とし、21年1月に第一目標の10mg/日に到達しました。

          サ症 再燃

          プレドニン開始から半年ぐらいの間、薬の減量も体調も、何もかもが順調過ぎるくらいでした。

          しかし、10mg/日を切ったあたりから、QOL(生活の質)が不安定になる日が増え始めました。

          そして、治療で正常値になっていた血液マーカー(ACE、sIL2、KL6など)が悪化傾向に転じました。

          今年、4~6月は、8mg/日迄減らして様子を見ていました。

          しかし、発症当時を思わせる辛い痛み、しびれ、疲れが再燃しました。

          それに連動して、血液、肺の画像などの検査傾向に転じました。

          6月に主治医からも、再燃と言われプレドニンを、12mg/日まで再増量しました。

          再増量すると、痛みや疲れも減り再びQOLも安定し始めました。

          気持ちが少し高揚しすぎる感じもあり、医師と相談し7月から11mg/日に減らしました。

          8月現在、QOLもモチベーションも良い感じです。

           

          サ症について、ステロイド 10mg/日 前後でよく再燃する、と症例報告で読みました。

          ステロイドの減量については、効果が1~2カ月遅れて自覚症状に反映される気がします。

          例えば、10mg/日以下に減量したのが4月頃でしたが、6月頃に再燃傾向が表れました。

          減量時は、体調や検査結果を、医師とよく相談しながら、ゆっくり目に減らすのが良く思います。

          ステロイドを1年使った私の今の感想は、やはり魔法の薬です。

          呼吸困難や辛い痛みから救ってくれました。

          ステロイドを減らす

          今回の減量で、私の場合、ステロイドを10mg/日以下に減らすと、再燃する事がわかりました。

          一方、ステロイドとは長く付き合う必要があり、少しでも維持量を減らさなければなりません。

          そこで、主治医と相談し、他の薬との併用を8月から始めました。

          免疫抑制剤(リウマトレックス/メトトレキサート)との併用

          一つ目は免疫抑制剤のリウマトトレックス(メトトレキサート)と言うお薬です。

          関節リウマチで中心的役割を持つお薬と書かれています。

          サ症では、ステロイドの副作用 軽減の為、この併用は、一般的なようです。

          しかし、免疫抑制剤にも、口内炎、腎機能/肝機能障害や間質性肺炎など 副作用のリスクがあるそうです。

           

          事前準備として、主治医の指示にそって血液検査をしました。

          この薬を使うにあたって、肝炎が無いかなど 調べる必要があるそうです。

          また、他の薬との飲み合わせも調べて頂きました。

          ひとまず、私は使える要件を満たしていたので使用開始しました。

          私の分量は、6mg/週ですが飲み方が少し変則的です。

          例えば月曜日の朝、夕(各2mg)、火曜日の朝(2mg)飲んでその週(計6mg)は終わり。

          また、翌週は月曜、火曜と同じ飲み方をします。

          飲み忘れが起こりそうですが、このような飲み方をする薬は(抗がん剤など)あるそうです。

          最初の週は、薬の影響か?精神的なものか? 痛み、下肢のダルさ、胃の不快感などありました。

          しかし約2週間が経過した今は、特に問題は感じません。

          血液検査も、免疫抑制剤による副作用は今のところ出ていません。

          何が効いたのか? 400超あったγGTPが290迄 落ちました。

          漢方(せんじ薬)も 始めました

          ステロイドと同様、免疫抑制剤にも、強い副作用のリスクがあります。

          私の辛い痛みを抑えられ、長期的に使っても副作用の少ないモノが他にも無いか?

          サ症に漢方薬が効いたと言う症例報告*を読みました。

          *日呼吸誌2012:漢方治療が奏功した全身症状を伴うサルコイドーシスの1例

          例えば、私のサ症には(抗炎症効果のある)ロキソニンが良く効きます。

          漢方薬にも似た効果を持つ、小柴胡湯、柴苓湯 と言ったものがあると書かれています。

           

          私の神経科の主治医は、東洋医学の専門医でもあるので、早速相談しました。

          (大学病院のメリットとして、いろいろな分野の専門医がいらっしゃいます。)

          漢方=生薬は、副作用は無いと思っていたのですが、やはり副作用が出るものもあるとのこと。

          副作用の出やすい成分を避けて独自に処方して下さいました。

           

          漢方を扱う薬局は限られています。

          しかし、住んでいる大阪府堺市には、良い漢方薬屋さんがありました。

          取り寄せ・配合に1週間以上かかる事もあるそうですが、翌日には入手できました。

          さすが、歴史ある南蛮貿易の街、なんでも揃います。

          サ症の特定疾患の保険証も使えて、薬代もお手頃でした。

           

          薬のせんじ方は、ティーパックに入れられた漢方薬をポットに入れて煮込みます。

          3~40分ほど掛けて水分が半分になるくらいになる迄、弱火で煮詰めます。

          それをマグカップに入れて1日かけて少しずつ飲みます。

          正にせんじ薬と言ったような黒色で、臭いはセロリのよう。

          でも、飲むとそれ苦みも無く、苦も無く続けられています。

          「免疫抑制剤」と「漢方」、副作用を見る為、一つずつ試そうと思っていました。

          しかし、休職中の今、出来るだけ多くの事を試し、投薬を安定させたい気持ちがありました。

          結局、ステロイドが減れば良い、とシンプルに考え、一緒に開始しました。

          今の所、それぞれの効果はわかりませんが、9月は体調が非常に安定していました。

          後は、主治医と共に、経過を一つずつ確認し、ステロイドの再減量を試します。

          サ症(難病)と4年間付き合ってみて

          この4年間、少し光が見えては、その後、真っ暗闇に突き落とされるような日々の連続でした。

          少し良くなると、どうしても「寛解」の文字と期待が頭にちらつきます。

          すると、増悪して気持ちが落ち込む、その繰り返しでした。

          ステロイドと言う最後の一手を打っての「再燃」は、やはり精神的にきつかったです。

          ただ、4年の間に、その一喜一憂の波も少し穏やかになり、立ち直りも早くなった気がします。

          いつかは治るのでは?と言う、淡い期待は一生は消えないかもしれませんが。

           

          以前、難病の仲間から「6割出来たら合格」と思うようにしてると聞きました。

          難しいですが、自分でも今、それを試しています。

          病気のハンディ分、合格点を下げ、出来た自分を褒めてあげる機会を増やす。

          心にとって良い効果がある気がします。

          最後に(サ症とコロナワクチン)

          私の市では、基礎疾患対象のコロナワクチン接種が6月後半に始まりました。

          さっそく、応募して6月末と7月末の2回、モデルナ製のワクチンを近くの体育館で受けることが出来ました。

          ちまたの噂通り?高齢と男性と言う要因が重なってか、いずれもほぼ無症状でした。

          私は、インフルエンザの予防接種で、いつも体調が悪くなります。

          サ症とワクチンの関係も不安でしたが、腕が少し痛いぐらいで、他には何も起こりませんでした。

          ステロイドで体調が安定した時期に、接種できたことも良かったと思います。

          コロナの脅威の中、ワクチン接種して下さった医療従事者の方々には、深く感謝します。

           

          最後まで読んでい頂きありがとうございました。

        • 難病を受入れる 体験談【難病と私8】 

          難病を受入れる 体験談【難病と私8】 

          このブログは、難病やサルコイドーシス(サ症)の仲間に向け書いています。

          ここでは、私がサ症を受入れてきた体験談、その過程で気付き、得たことを記事にしました。

          サ症になって一番、苦労したのは「病気を受入れる=病気に慣れる」ことでした。

          逆に言うと、ある程度、病気を受入れらると、日々の生活がずいぶん楽になりました。

          私の一経験ですが、何かのご参考になれば幸いです。

           

          初めまして、モモタ侍と申します。

          3年半前、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

          難病を受け入れる大切さ

          私のサ症は、全部の臓器にありますが、結局、一番辛いのは、痛み、疲れ などの自覚症状です。

          この辛い自覚症状は、日常生活で経験出来るものではない為、なかなか周囲の理解が得られません。

          例えば、私が経験した、サ症の疼痛(とうつう)は以下のようなものです。

          • 漠然と胸を中心に鈍い痛みがあるが、その部分が特定できない。
          • 痛み止めが効いて来て初めて、痛かったのだ、と自覚できるような痛み。
          • 触れるとピリピリするような痛みもあれば、どんよりした鈍痛もある。
          • 痛みの箇所が移動する。

          しかし、ここまで書いても伝えたい事の半分も伝えられていません。

          また、この状況を人に説明しても、「痛みや疲れは私にもある」「気のせいなのでは」となります。

          結局、理解してもらう事を諦め、挙句の果てに、自分をだまし、健常にふるまってしまいます。

          しかし、これが最も危険な事で、難病は確かにそこに存在します。

          私自身、この失敗により病気を増悪させ、命を更に削ってしまいました。

          それ故に、とても勇気のいる事ですが、自分の病気を理解し、受入れる事がとても大切だと思います。

          「受け入れる」ための心構え

          受け入れるポイントは「時間の経過、「比較しすぎない」そして「自分を信じる」事のように思います。

          尚、「自分の病気を知ること」も大切ですが、これは、下記をご参照頂けると幸いです。

          1. 難病(定義)って何?【難病と私3】
          2. サルコイドーシス症状 私の場合【サ症4】

          時間の経過

          病気を受入れるのに大切なものは、まず「時間の経過」だと思います。

          私のサ症は急性だった為、以前の健康な体を失った事が、頭で理解できず苦しみました。

          頭は、病気前のような体の認識、でも、実際の体は、その認識についてこれない。

          そのジレンマに、ストレスを感じ、何度も泣きたくなりました。

          また、難病特有の体調の波も、病気を受入れる邪魔をしました。

          体調が良い時期は、健康そのもので、難病が治ったのでは?と大喜びします。

          その後、悪い時期がきて、痛みや疲れで、地獄に落とされ憂鬱な日々を過ごします。

          この体の好不調の波=天国と地獄の繰返しには、長く苦しめられました。

          しかし、徐々に頭と体の動きが一致し、体調の波による一喜一憂にも慣れてきます。

          時間の経過が、病気を受入れる為には必要です。

          焦る気持ちを、しばらく横に置いて、じっくり病気と向き合う時間を作ってあげてください。

          比較しすぎない

          サ症になって、体力が衰えたのは、否めない事実です。

          発症後、しばらく「昔はあんな健康だったのに」と、昔と今を比較してクヨクヨしていました。

          しかし、よく考えると、健康とは簡単に数値化出来ない性質のものです。

          仮に数値化出来ても、今と発症時では、既に何歳か年を取っており、正確な比較になりません。

          また、人は昔を美化する傾向があるので、本当に昔は健康だったかも怪しいものです。

          今となっては、病気前と今を比較すること自体意味があるのか?疑問に感じています。

           

          現に、休職をして生活にストレスが少ない今の方が、心は元気な気がします。

          体力についても、ステロイドによる骨粗しょう症対策で、毎日散歩をしている今の方が、太ももの筋肉がついています。

          人は「比較」するのが好きな生き物で、比較により、得られることも多いでしょう。

          しかし、私のサ症に関しては、以前との比較より、今後、前を向く習慣づけの方が、良い効果をもたらしています。

          自分を信じる(可能性を諦めない)

          これは、私の在籍する、市の難病・障害者当事者委員の仲間から頂いた言葉です。

          その方は、手足や目が不自由で、ヘルパーさんのサポートを借りて車椅子で生活をされています。

          私は、最初、その様子から、ご不便が多くて大変だろうな、と勝手に決め込んでいました。

          しかし、その方の言葉や生きる姿勢から、毎回、元気や勇気をもらいました。

          ご高齢ですが、最近、トレーナーの勧めで水泳を始めたら、体の痛みが大幅に改善したとのこと。

          見ていると、その他にも新しい挑戦やアイデアに溢れていると感じます。

          「自分の可能性を諦めないで暮らしたい」と、いつもおっしゃっています。

          ”難病=一生付き合って行く病気”と言う定義は、ネガティブな聞こえに感じます。

          しかし、自分の可能性を信じて生きれば、難病を友として、前向きに進める気がします。

          「受け入れる」訓練

          「受け入れる」訓練は、病気だけでなく、皆に必ずやってくる老いにも有効と感じます。

          ここでは、病気を受入れることで、出来た良い経験についても書いています。

          老いを受け入れる

          ここ数年、身近な人達の老いを通して、いろいろな姿を見てきました。

          自分に都合の悪いことは受入れず(きれいに忘れ)、都合の良い事だけ覚えている。

          内向きには、社会常識やルールを無視した行動が目立つ。

          一方、外向きは誰にでも良い顔をする。

          こう言った姿は、見ていてあまり気持ちの良いものではありません。

          しかし、これは人間が老いて行く過程において普通の姿なのだと本に書かれていました。

          社会の常識やルールに対し鈍感になり、自分に都合よく解釈するのは、老いの一般的特徴だそうです。

          そう聞くと、確かに、自分がそうならない自信は全くありません。

          ただ、サ症での経験を活かし、老いも出来るだけ自然に受け入れていければ、と思います。

          視野が広がった

          病気を受け入れて行く中で、自分の視野が広がる経験をしました。

          サ症で全てを失い、気持ちのやり場に苦しんだ時期があります。

          自分は、会社の為、後進の為にと信念を持って働いてきた。

          にも拘わらず、信念と現実のギャップを埋められず、ストレスが一因で難病になった悔しさ、情けなさ。

          自分の努力が報われなかった怒りの矛先をどこに向ければ良いか?

           

          しかし、4年経った今、それは会社と言う村社会しか知らない、自分の狭い了見だったように思います。

          病気を受入れる過程で知り、見てきた世界や価値観は、もっと多様で寛容なモノでした。

          難病になって良かったとは思いません。

          しかし、難病を通して視野が広がったのは確かな気がします。

          最後に

          何か新しいことを受け入れることに、人は抵抗を感じます。

          たとえ、受入れたつもりでも、いざとなると心が抵抗していたりします。

          そして、それは老いとともに更に難しくなる気がします。

          病気を受入れることも、同じことだったように思います。

           

          最後まで読んで頂きありがとうございました。

        • ステロイド治療 半年の経過【ステロイド3】

          ステロイド治療 半年の経過【ステロイド3】

          このブログは、難病やサルコイドーシスの仲間に向け書いています。

          ここでは、私がステロイド開始して半年の経過、サ症発症から3年半の今、個人的に思う事を書いています。

          初めまして、モモタ侍と申します。

          3年半前、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

           

          これまでの経過に基づく体験が、何かのお役に立てば幸いです。

          私のサ症の現状

          ここでは、昨年夏にスタートしたステロイド治療の現在までの経過。

          治療に踏み切ったタイミングとその判断方法について書いています。

          ステロイド治療後 半年の経過

          昨年の夏、肺のレントゲン画像がいよいよ白くなり、咳や息苦しさ等 自覚症状もひどくなりました。

          それまでの3年間、自然寛解を視野に、サ症の様々な症状を非ステロイド系の薬でしのいできました。

          しかし、待ったなしの状況になったことから、ステロイド(プレドニン)治療に踏み切りました。

           

          結果として、私のサ症には、ステロイドが良く効きました。

          半年たった今年1月の肺のCT写真は、肉芽の白い部分がほとんどなくなりました。

          また、ACE、sIL2、KL6 などの血液マーカーも正常値に戻り、維持出来ています。

           

          昨年8月の入院時にはプレドニン30mgからスタートして、現在10mgに減りました。

          途中、20mg→15mg、11mg→10mgに減らした昨年の秋~初冬、胸の痛みや疲れがでてQOL(生活の質)が一時的に落ちました。

          再燃したかな?と少し心配しましたが、検査所見は正常でした。

           

          ステロイドは良い面と悪い面(副作用)がある薬です。

          良い面は、非ステロイド系の薬では取れなかった、説明しがたい痛みが消え、ひどい疲れが改善し、QOLが大幅に改善しました。

          これは、肺の画像が示すように、全身の肉芽種が小さくなった為と想像します。

          悪い面の副作用については、今の所、大きな問題はでていません。

          免疫力低下による感染症、糖尿病、骨粗しょう症 等 主な副作用と言われるものも、今の所、特に問題はありません。

          一つあるとすれば、ステロイドの影響で常に空腹感があります。

          空腹感に任せて、そのまま食べると糖尿病のリスクが高まるので、毎日体重計を見ながら、食事の量と内容を工夫しています。

          以上より、今、私はステロイド治療に踏み切って良かったと思っています。

          ステロイド治療のスタート時期について

          ステロイド治療開始まで、約3年間の経過観察を行い、医師と下記のような話し合いを重ねてきました。

          • サ症は症状が弱ければ、自然寛解の確率の高い病気である。
          • サ症とステロイドの効果が立証されておらず、最悪、サ症は改善せず、薬の副作用にも苦しめられる。
          • 50歳と言う年齢から、副作用に悩まされる時間を短くするように少しでも治療時期を遅らせたい。

           

          私は、今回の治療開始のタイミングを判断は間違っていなかったと思っています。

          ステロイドの維持量は第一目標は4~5mg、更に運が良ければ薬を離脱できます。

          そこまでの減量の間に再燃のリスクがあり、また維持量でも副作用のリスクは高いと聞きました。

          治療スタートまで時間を掛けた事で、今後の想定や心の準備がある程度、出来ました。

          今後、仮に悪い経過でも、「あの時、他に選択肢はなかった」と自分に言い聞かせられると思います。

           

          サ症とステロイドとの付き合いは、まだ始まったばかりです。

          私は急性サ症(レフグレン症候群)と言う日本では珍しい型での発症です。

          この型は、海外の症例では一般的に病気の予後が良いと言われています。

          一方で、高齢発症で多臓器にサ症がある私のようなケースは、予後の悪い要因です。

          今後、どうなっていくのでしょうか?

          私の一症例ですが、サ症の原因解明へ、何か役に立てば良いなと思います。

          サ症発症後 3年半にして思うこと

          辛い自覚症状の中、サ症と言う病気と向き合い、受入れ、ステロイド治療に至った3年半。

          いろいろな事を考え、人として成長し、視野も広がり続けていると実感します。

          ここでは、最近、私が経験し、感じたことを書いています。

          障害者・難病者 当事者委員

          昨年から市の障害者・難病者の当事者委員と言うものをボランティアで始めました。

          当時者委員会は、身体/精神/知的障害や難病を持つ当事者で構成され、毎月、開催されます。

          直面する課題について、どんな工夫があれば、健常者と同じ社会貢献が出来るかを話し合い、社会や行政に発信します。

          去年は、コロナ禍が話題の中心になり、各自が経験した困難、工夫について洗い出しをしました。

           

          例えば、コロナ禍の初期に、マスクが町から消えた時期がありました。

          そんな折、医療品に全く関係のない店舗で、マスクが売られているのを何度となく見ました。

          恐らく、手作りか、特殊ルートで手に入れた物だったのでしょう。

          しかし、眼に障害のある当事者は、そう言った視覚でしか得られない情報の入手に苦労するとのこと。

          変則的な社会の情報を、音声でも確認できる、Web上の書き込みや掲示板があればと思いました。

          また、生活に人のサポートが必要な当事者は、ヘルパーさんとの関係など、いつも以上に神経を遣い、ストレスにさらされることを知りました。

          その対策として、身近な人と少しハグをするとのこと。

          オキシトシンと言う、痛みを和らげ、幸せを感じ、絆を深めたりするホルモンが出るとのことでした。

           

          当時者委員は、不便や違いを感じながらも、前向きに今の困難を受入れ、改善しようとしています。

          そう言った不便や違いは、多少なりとも誰もが直面する課題と、今回のコロナで実感された方が多いのでは?と思います。

          当時者委員会からの発信が、今の困難な時代を乗り切る何かのヒントになればと考えています。

          アフター コロナの社会

          コロナ禍によって、私のような難病を持つ者には追い風になる動きもありました。

          テレワークの普及です。

          これまで日本は、過去の成功体験を引きずり、人海戦術による経営を脱せなかったように思います。

          しかし、コロナ禍と言う特殊な環境で、リモートやテレワーク等にシフトせざる負えなくなりました。

          以前、海外で少し会社の経営をしました。

          その経験から、世の経営者の方々は以下のような事に気付いたのではないかと思います。

          • リモートで会議をすると、有用な発言をしている人/そうでない人が、浮き彫りになります。
          • 在宅勤務による交通費削減は、日頃の営業活動がバカらしくなるくらいの利益を生んだと思います。
          • ウィルスの蔓延により、人に依存した経営のリスク対策も必要になったでしょう。

          いろいろな「気付き」があったと思います。

           

          上記を対策する為、今後、IT/ロボット化が加速し、広範囲に人の働き場が無くなる?と思います。

          では、人は何をすれば良いのでしょう?

          人は、人が得意なこと/人にしかできない事をすれば良いのだと思います。

          それは、頭を使い、学び、発想する ことでしょう。

          このエリアに需要が増えると、難病や障害が足かせにならず、私なども健常な人達と同様に社会貢献が出来る自信があります。

           

          コロナ禍は、沢山の人の命を奪ったと言う意味で悲劇でしかありません。

          否が応でも、現行の社会システムを見直さなければならなくなりました。

          その代わりに、障害や難病を持つ者にもチャンスを与え、より多様性のある社会へシフトするきっかけを与えてくれた気がします。

          最後に

          セカンドライフに向けて、何か資格を取ろうと、昨年11月に行政書士の試験を受けました。

          結果は、惨敗でしたが、久々の受験勉強と試験会場の雰囲気に学生時代を思い出しました。

          私の会社での経歴は、約30年間、主に管理、経理でした。

          これは、海外希望の事務職の私には、それしか適当な職種が無かったことに由来します。

          しかし、正直、管理や経理の仕事は、自分の性分にあわず、ずっと不自由さを感じてきました。

          行政書士の勉強を通して法律を学ぶと、意外に面白く、続けても苦にならない事に気付きました。

          初めて、自分の適性を自分で発見したような新鮮な気持ちで、日々を送っています。

           

          そう言えば、昨日からコロナワクチンの接種が始まりました。

          私のような基礎疾患のある人の接種は、高齢者の後、恐らく夏前頃でしょう。

          私は、サ症とコロナワクチンの治験例になる為?順番が来たらワクチン接種をする予定です。

          接種した実体験を当ブログでもアップしようと思います。

           

          最後まで読んでい頂きありがとうございました。

        • なんびょう どうしよ? 倶楽部

          なんびょう どうしよ? 倶楽部

          初めまして、モモタ侍と申します。

          3年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

          サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

          症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

          *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

           

          発症からの経過を「サ症(難病)闘病日記」として記事にしてきました。

          ここでは、その中で気付き、私がやりたいと思うことについて書いています。

          難病の仲間の、何かのお役に立てれば幸いです。

          患者目線で有用な情報

          難病と言われるものになって、困難や不便を感じながら3年間歩んで来ました。

          この道のりはこれからも続くでしょう。

          特に、難しかったのは 患者目線で必要、かつ正しい情報を入手すること。

          そして、外観から疾患が見えにくい難病患者としての社会との係わり方でした。

          サルコイドーシス(私の病気)

          私は珍しい急性のサ症で短期間に沢山の症状が出ました。

          大阪の大学病院で、確定診断をへて経過観察を行ってきました。

          つらい痛み、疲れ、シビレと言った全身症状は薬でコントロールしてきました。

          しかし、肺の機能が落ちて来て、この夏(20年)ステロイド剤による治療を行いました。

          今の所、薬の効きは良好で、量を減らしながら経過観察中です。

          [char no=”3″ char=”モモタ侍”]ステロイド剤は、体の副腎皮質という器管からでるホルモンを基にした薬です。[/char]

          正しい情報を得る難しさ

          ステロイド治療をするか/しないか、かなり悩みました。

          強い自覚症状を改善したい一方で、ステロイドの効果、副作用など さまざまな情報があるからです。

          中には、その真偽を疑うような情報も混じっています。

          その為、自力で医師の見解、症例集を集め、ネットからも信頼出来そうな記事を抽出しました。

          その中から必要な情報に絞り、最善な判断をするのは時間も勇気もいります。

          こう言った苦労は、他の難病の仲間も同じと想像します。

           

          なぜ、こうなるのか? それは、病気の原因が不明 患者数が少ないから に尽きると思います。

          同じサ症でも、発生する臓器や症状がいろいろで、人によっても違います。

          結果、導かれる正解が無限となり、難病に係わる多くの人々を混乱に陥れます。

          これが、根拠のない情報、さまざまな憶測を呼ぶのだと思います。

          正解でなくても最善な情報

          そんな難病も、時間を掛けて情報を集め、一つ一つ吟味すると有用な情報に出会えたりします。

          私が思う 有用な情報とは、難病患者のQOL(生活の質)を維持し、高めるのに役立つ情報です。

          例えば、次のようなものだと考えます。

          【私が有用と思う情報】

          1. 難病者の医療費/生活をサポートしてくれる国や社会保障制度
          2. 難病支援センターなど地域の難病サポート機関や体制
          3. 病気やお薬の基本情報(難病情報センターのHPなど)
          4. 患者として一番辛い自覚症状のコントロール方法(リハビリなど)
          5. 難病と、上手に・長く付き合って行くための心の持ち方(診療内科の書籍紹介など)

            これらは、病名に関係なく、難病の仲間に共通する課題です。

            また、行政機関や出版社が情報源の場合、情報の脱線/一人歩きも最小限に留められると考えます。

            なんびょう どうしよ?倶楽部(私の思い)

            以上より、難病の仲間にとって、出来るだけ確かで、有用な情報が集まる場として、地味に「なんびょうどうしよ?倶楽部」を、発足させたいと思います。

            患者目線の情報を集める

            「なんびょうどうしよ?倶楽部」が上手く育つか、有用な情報が発信できるか?

            まずはテストケースとして私から情報発信を続けようと思います。

            紹介する情報源は下記のようなものになると思います。

            • 難病やサ症について関連書籍、症例集
            • 大学病院の医師の見解
            • 地域の難病支援センター(サ症仲間相談員)で得た情報
            • 地域の難病者当事者委員で得た情報

            主に、私が読んだ書籍や記事、大学病院や関連ボランティア活動で得た情報などです。

            また、専門的医学の内容には触れず、難病の私から見て有用な情報 を発信します。

             

            しかし、私一人の情報はとても限られており、情報の吟味も一人では不十分です。

            そこで、最終的には、全国の難病の仲間から情報を提供してもらう。

            その情報をWeb上で共有し、選択、精査、蓄積 を繰り返す。

            その場として「なんびょうどうしよ?倶楽部」を育てたい。 と言うのが私の思いです。

             

            個人的には、今はブログ発信しか出来ないので、Webスキルの向上も課題です。

            難病仲間の「道しるべ」を作る

            私の思いが、成功するか、立ち消えるかは不明です。

            ですが、この手順を踏んだ情報は、難病仲間の 道しるべの一つになると信じます。

            私のサ症の場合、以下のような幸運が重なりました。

            • 短期間で、全身に派手に特徴的な症状が出たこと
            • かかりつけ医や大学病院の判断が的確だったこと
            • 難病支援センターや医療費助成制度の存在を知り、早くサポートを受けれたこと

             

            しかし、以下のように、さまざまな問題を抱えた多くの仲間を見ました。

            • 医療費補助、難病支援センターなどのサポート体制を知らない
            • 自分に合った医師に出会えず、病院をたらい回しになる
            • それ以前に、何年間も何の病気か分からない
            • 難病患者に適した働き方、職場に出会えない
            • 結果、無理をして病気を更に悪化させ、つらい思いをする。

            これらの状況を、一歩でも改善させたい。

            人生後半にして、難病になった私の使命のように勝手に感じています。

            最後に

            私は、(ある意味)最後の一手であるステロイド治療を始めました。

            現在、経過良好で、セカンドライフも視野に入れ社会復帰の気持ちも芽生えています。

            人生の延長が許された私が出来る社会貢献は 難病に関すること と 海外での会社経営の経験 と考えます。

             

            これを達成して、生活やりがいを両立した、難病者の働き方のモデルケースになりたいと思います。

             

            最後まで読んで頂きありがとうございました。