サルコイドーシス症状 私の場合【サ症3】

このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向けて書いています。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の夏頃、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

 

私のサ症は、日本人には珍しい、レフグレン症候群と呼ばれる急性のサ症です。

短期間に、本当に様々な症状が、全身にでました。

ここでは私が体験した様々な自覚症状とその経過について書いています。

サ症の症状とその経過は人にそれぞれで、あくまで一例ですが何かのご参考になれば幸いです。

私のサ症と症状

難病センターのHPによれば、サ症の症状は大きく次の二つに分かれると書かれています。

  1. 臓器特異的症状   :眼、皮膚、肺など 侵された臓器による症状
  2. 臓器非特異的全身症状:侵された臓器とは無関係に起こる、痛み、シビレ、疲れなどの全身症状。

私の自覚症状の一つである息切れは、一見、肺機能の問題のようですが、呼吸する筋力低下(の可能性)とも書かれています。

臓器/非臓器、いずれの問題か、自分では判断できず、医師と体の状況を共有するのが難しいです。

私の体験した症状

17年4月頃からひどい疲れ、息切れを感じ始めました。

17年9月に検査入院し、サ症の確定診断を受けた後から、たくさんの自覚症状が出ました。

発症初期に出た、私のおもな自覚症状の主なものを下記します。

場所 症状 現状 期間(西暦)
飛蚊症(目の前をタピオカ状のモノが飛ぶ) 残存
17/7月~
光視症(目を閉じているのに時々、光が差し込む) 解消 17/7~10月
皮膚 結節性紅斑(両下肢に赤いブツブツが出来た)
結節性紅斑は短期間で消えました。
解消 17/7~10月
両肺門リンパ節腫れ(肺に入道雲状の影)、
1年半経過後、息をするとゴロゴロ音、咳など発生
残存 17/8月~
全身 ひどい疲れ(発症の数年前からあり) 残存 17/4月~
全身 息切れ(階段などでハアハアする) 残存 17/4月~
全身 シビレ(両下肢に痛み。親指、左半身が強い) ほぼ解消 17/9月~
全身 痛み1(手/足に関節痛。痛む場所は日々移動) 残存 17/7月~
全身 痛み2(触れるとピリピリ感、腰回り→胸回りに移動) 解消 17/7~11月
全身 痛み3(胸など体内部の痛み。投薬で軽減) 残存 17/9月~

  1. 飛蚊症  :タピオカのように、透明なゼリーの中に黒い粒々が見えます。
  2. 光視症  :目を閉じてる真っ暗な中に光が差し込みました。
  3. 羞明   :辺りが非常にまぶしく感じました。
  4. ドライアイ:眼がとても乾きました。

[char no=”3″ char=”モモタ侍”]ぶどう膜とは眼球全体を包むように広がっていて色・形がぶどうの実に似ているそうです。[/char]

皮膚

  1. 結節性紅斑: 両下肢に痛みの無い赤いブツブツが出ましたが、半年ほどで消えました。
  2. 両下肢、足首が原型も無いほどパンパンに腫れました。
  3. 皮膚サ症:結節性紅斑が、消えた1年後、同じ両下肢に、皮膚サ症(赤いコリコリしたブツブツ)が出ました。 サ症の勢いが強まると、赤みを増して突起し、弱まると、赤みが薄れて平べったくなり、今も残存しています。

  1. 当初、肺に自覚症状はありませんでしたが、左の肺に入道雲のような影が見つかりました。
  2. CT/レントゲン画像は、時間経過とともに、白くなり、呼吸機能も少しずつ悪化傾向にあります。
  3. 1年経過したころから、息をすると胸がゴロゴロ鳴り、咳がで始めました

内臓

  1. 自覚症状はありませんが、エコーで見ると肝臓と脾臓表面にツブツブあります。
  2. 生検の結果、サ症と確定しました。
  3. 肝臓の薬を飲むもγGTPは高値(異常値)のままで、サ症か薬の影響と思われます。

ひどい疲れ、息切れ

  1. 走ったり、階段を上るとひどい息切れがしました。
  2. 仕事など少し頑張るとひどい疲れが起こりました。

これらは確定診断の1年ぐらい前から感じていました。

サ症では呼吸筋などの筋力低下が起こり、息切れや疲れがでると書かれています。

いろいろな痛み、シビレ

私のサ症の自覚症状の中で一番辛いのが痛みです。

痛みが続くと、拷問を受け続けているような感じで、生活の質が大幅に下がります。

これまで、下記のような、いろいろな痛みに悩まされました。

  1. 手首、腕、足首などに左右対称の関節痛が起こり、痛む場所が日によって変わります。
  2. 胸回りが痛みます。 体内部から来るような表現しがたい鈍痛で、本当に辛いです。
  3. 両足の甲を震源に下肢全体にシビレが広がっています。強い日は手先までシビレ、痛みを伴います。

神経関連と思われる症状

  1. ふるえ :左手を中心にひどい震えが起こり、パソコンのキーも打てないほどでした。
  2. 耳鳴り :耳鳴りが起こりました。 
  3. 味覚障害:突然、食べ物の味がなくなりました。何を食べても同じ味で辛かったです。
  4. 立ちくらみ、フワフワ感:立ちくらみがひどく、歩くとフワフワ雲の上にいるような状態。
  5. 歩行困難:足の筋肉に力が入ず歩行困難になりました。 踏ん張れず一度階段から落ちました。

シビレや神経症状は、非常に細い末梢神経の障害(小径線維ニューロパチー)だろうとのこと。

上記の症状は9月の確定診断後、だいたい半年の間に発生しました。

どの症状も、とても辛いものでしたが、大半は 3~4カ月の間に消えました。

ふるえ、耳鳴りは残っていますがいずれも弱まったり、慣れたりしました。

その他

    1. 微熱、寝汗:発症後まもなく微熱と寝汗が続きました。毎朝起きると布団がビチョビチョになっていました。
    2. 耳下腺の腫れ:耳~両アゴあたりが腫れました。おたふく風邪で腫れるのも耳下腺だそうです。横向きに寝ると顔に鈍痛がする為、常に上向きで寝るのがしんどかったです。

    いずれも数週間の間に解消しました。

    最後に

    以上がサ症と共に私に起こったほぼ全ての症状です。

    全体的に一度、症状が出ると数カ月は治りませんでした。

    しかし、時間は掛かりますが大半の症状はゆっくり弱まったり、消えたりしました。

     

    20年の夏に、ステロイド剤での治療を行い、いろいろな症状が劇的に弱まり、解消しました。

    しかし、シビレ、耳鳴り、飛蚊症などは、残っています。

    これらは、おそらく一生付き合うことになるのでしょう。

     

    私のサ症は、症状が良くなるのも悪くなるのも、非常にゆっくりしている気がします。

    慌てず、恐れ過ぎず、経過観察を怠らず、気長に付き合って行く病気のように感じます。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました。

    難病って何? なぜ難病になったのか?【サ症2】

    このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

    2017年春に、サ症と言う原因不明の難病になり、4年が経過しました。

    この間、難病って何か?調べたり、なぜ自分がなったのか?考えてきました。

    ここでは、指定難病の定義や、(個人意見ですが)私がサ症になった心当たりを書いています。

     

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

    難病って何?

    自分が指定難病(サ症)と分かった時、難病=余命は短い、と思い込み、将来に絶望しました。

    現在、難病支援センターでサ症の仲間相談員をしていますが、同じ不安を持つ仲間によく会います。

    しかし、難病情報センターHP に書かれている難病の定義は以下の通りです。

    〇難病法の難病の定義

    難病とは、下記、1~4の条件を全て満たすもの。

    1. 発病の機構が明らかでなく
    2. 治療方法が確立していない
    3. 希少な疾患であって
    4. 長期の療養を必要とする

    指定難病とは、上記+次の1、2の条件を満たすもの。

    1. 患者数が日本中で一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しない。
    2. 客観的な診断基準(それに準ずるもの)が成立している。

    この定義を見ると、余命は(病気にもよるのでしょうが)むしろ長期の療養とあるように、長く付き合って行くタイプの病気と読み取れます。

    例えば、サ症の場合、下記のように経過区分されていて、私のサ症の仲間で、2~30年付き合っている、と言う方も多くいらっしゃいます。

    1. 短期改善型:2年以内に改善
    2. 遷延型:2~5年の経過
    3. 慢性型:5年以上の経過
    4. 難治化型

    私のサ症も既に4年経過しており、去年のステロイド治療開始後、安定しています。

    こんな感じで長く付き合って行くのかな~、と今は考えたりしています。

    (ご参考) 難病情報センターHP→ 国の難病対策 →2015年から始まった新たな難病対策 →4)指定難病とは?

    なぜ私はサ症になったのか?(個人意見)

    サ症の発症確率は、10万人に1人とか書かれています。

    私は、昔から人に秀でたものもなく、くじ運も良くはありませんでした。

    そんな私が、なぜ運よくor 運悪く?希少疾患を発症したのか?

    私なりに医学書やネットなどを調べて、関連があると思ったことを3つ書きます。

    ストレス要因

    サ症とストレスの関係について、述べた症例報告*があります。

    *サ症とストレスとの関与:日サ会誌2009;29:3-7

    発症当時、私はロシアの日系子会社で働いていました。

    欧州の経済制裁、通貨ルーブルの暴落などで、ロシア経済は厳しい状況にありました。

    同じ時期に、日本本社が経営難が長期化して、最終的に、外資に買収されました。

    これらにより、少数日本人がマネージする海外の現場は大混乱に陥りました。

    そして、強く・大きなストレスが大波のように私を襲った頃、私はサ症を発症しました。

     

    私は、昔から組織や集団に上手くなじめない人間でした。

    しかし、会社は、良い先輩や海外での活躍の機会に恵まれ長く続けることが出来ました。

    しかし、会社の経営悪化と共に会社が少しずつ変わり始めました。

    多くの仲間が会社を去り、経営の悪化で仕事の自由も奪われ、、、

    海外の会社だけでも死守しなければ、と思った自分が間違いで、逃げるべきだったのかもしれません。

    環境(地域)要因

    私は、レフグレン症候群(急性サ症)*と言う、めずらしい型のサ症です。

    *多彩な症状~レフグレン症候群~:日呼吸会誌 43(12) 2005

    レフグレン症候群は、日本では特に珍しいが、北欧などでは結構ある型と書かれています。

    私の場合は、急性サ症に追加で、神経サ症も合併しています。

    レフグレン症候群 + 神経サ症 → 日本人初の症例 かもしれません。

    しかし、先にも書きましたが、私は日本初になるような希少な人間ではありません。

    なので、私が珍しいサ症になったのは、ロシアと言う、地域要因もあるのではないでしょうか?

    サ症は寒い地域に多いとも書かれています。

    ロシアは、北欧のお隣の寒い国です。ちなみに、日本では北海道が多いそうです。

    アレルギー要因

    サ症の原因は、いろいろな説があって、その一つに「松の花粉説」があると読みました。

    専門的なことは良く分かりませんが、花粉などのアレルギーが原因かも?と書かれています。

    ロシアで、体の異変を感じた始めたのは、サ症が良く発症すると言われる春でした。

    春に発症が多いのは、単に日本の健康診断の時期で見つかやすいから、との説もあります。

    しかし、私は、この説に思い当たる事があります。

    ロシアの少し遅い春頃には、トーポリなど、多くの花粉が飛びます。

    ロシアには、木が多い為か、いろんな木の花粉が年中飛んでいます。

    住んでいた3年間は、ずっと花粉症のような症状が続いていました。

     

    以上に述べた要因が、私の体質と結びつき、サ症発症に至ったのでは?と思ったりするのです。

    (参考資料:難病情報センターHP)

    サ症と私の性格

    サ症になり、原因不明で治療法が無い病気があると知ってビックリしました。

    今の医学の進歩を持ってしても分からないことが沢山あるんだ、と知りました。

    私は物事や仕事に集中すると、周りが見えなくなり突っ走りすぎる悪い性格があります。

    基本的に不器用で、白黒付けて、白に向かって突き進まないと、罪悪感を持ちます。

    その性格が災いし、海外で突っ走りすぎ、体にストレスを溜めたのがサ症になった一因と考えます。

    私のサ症の辛い自覚症状に、痛みシビレがあります。

    不思議なことに、今は、悪い癖がでて私が突っ走りだすと、サ症が痛みやシビレで私に警告を発してくれます。

     

    私は(特に難病になって)、この世の全ての事に理屈があると信じています。

    理屈無く見えるのは、人間が、まだその理屈を解明出来てないだけと思います。

    難病もその一つで、サ症は何かの理屈で、私の悪い癖や性分にサーモスタットのような働きをしてくれているのでしょう。

    最後に

    なぜ、私はサ症と言う希少疾患になったのか?

    今でも考えることが、よくあります。

    サ症や膠原病のように、免疫に係わる病気は解明が難しいと、以前の主治医が言ってられました。

    しかし、原因が分からないが故に、医者でもない私が患者としての意見を持つことができます。

    私のサ症は、私だけのもの、ひいては、他にこれと言った特徴のない私の「Identity」と思ったりします。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました。

    難病と就労 私の課題・対策【難病と私2】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

     

    私は、50歳目前で難病のサ症を発症し、以前のように無理が効かない体になりました。

    今、仕事は休職中ですが、仮に社会復帰出来たとしても、以前と同じ働き方は出来ないでしょう。

    そこで、休職期間を使って、今後の働き方について、実地体験も含めシミュレーションしてきました。

    ここでは、サ症の私が、社会復帰するに際して、どんな課題があるのか。

    また、どんな働き方なら出来そうかについて書いています。

    何かのご参考になれば幸いです。

    難病と就労

    来年、休職期間の終わりを迎える私の、一番大きな課題は今後の就労です。

    難病になり増悪も経験した、今の会社への復帰は、病気を再増悪させないかとても不安です。

    私のサ症の場合、障害者手帳の対象になりません。

    なので、就活時も障害者枠の適用にならず、健常者枠で仕事を探さないといけません。

    年齢的にも、新たな仕事を見つけるのは、かなり難しいでしょう。

     

    一方で、働くのが好きな私は、楽しく、やりがいを持ち、残りの人生を送りたい と思っています。

    これらの不安を除き、希望を持って働くには、どんな方法があるか、ずっと考えてきました。

    私の就労上の課題

    サ症になって、復職の失敗を経験しました。

    会社にも迷惑をかけ、それ以上に病気を悪化させ、回復するまで、長い時間・お金・努力が必要でした。

    この苦い経験を通して、私が再度、働きだす為の課題を整理してみました。

    ストレスとサ症

    サ症の発症とストレスの関係を書いた症例報告があります。

    (ご参考)サルコイドーシスの病因~に関する~臨床的研究、著:山口哲生、日サ会誌2009;29:3-7)

    私がサ症を発症したのも、会社の経営が悪くなり、仕事でストレスを溜め、逃げ場を失った時期でした。

    • 課題を見つけると真正直に、真正面から立ち向かいすぎる。
    • 曖昧な結末が嫌いで白黒ハッキリつけようとしすぎる。

    と言った、私の性格と発症時の会社の環境がマッチせず、ストレスを全身で受け止め、つぶれました。

    入院、そして復職しましたが、1年間で病気が増悪しました。

    通勤の辛さ

    復職後、最初の半年は、フレックス出勤だったので余裕を持って通勤出来ました。

    しかし、通常出勤になると、週5日の電車通勤が辛くなりました。

    人混みの電車、決まった出社時刻など 以前は当たり前だった事が、心身とも大きな負担となりました。

    寛解率も高いと言われるサ症が、全然良くならず(ひどい疲労、全身の痛み、他全身症状)不安が大きくなりました。

    通勤途中で何度も家に帰ろう思う辛い日々が続きました。

    集団生活は苦手でしたが、会社に行く事、働く事が辛いと思ったのは30年で初めての経験でした。

    結果、1年で休職、人生50年で初めて味わう最大の挫折、どん底状態でした。

    通院などの休暇が増える

    難病は体調以外の問題でも、会社を度々休む必要があります。

    治療法が無いサ症や難病は、定期的に通院・検査し、経過観察するのが必須です。

    サ症は全身疾患で、私は、呼吸器内科、神経内科、神経科、循環器科、眼科、整形外科と7科を受診。

    科によって診てもらう頻度は違いますが、通常、平均で2~3回/月。

    そこに、病状変化、投薬変更、問診集中など あると4~5回/月となります。

    この状況は恐らく一生続くでしょう。

    毎月休暇を多く取るので、残りの稼働時間で、仕事を挽回しようとしました。

    結果、無理の効かない体に更に負担が掛かり、病気が増悪しました。

    就労面(収入)と共に考え・実践して来た、家計の見直し(支出)もご参考頂けると幸いです。

    1. 難病で始めた 家計の見直し 【サ症体験記】

      私に出来る働き方

      私のサ症は、5年目を迎えています。

      幸い昨年のステロイド治療以来、体調はかなり安定しました。

      また、休職で仕事と距離を置いたこと、医師や支援者のおかげで心も元気になりました。

      私に取って、一番大切なのは、今の心と体の状態を維持すること、それを大前提として、慎重に社会復帰を目指す事です。

      会社で働くメリット

      私はいわゆる大きな会社で働いて来ました。

      難病になり、とてもありがたく感じたのは会社の福利厚生です。

      病気が増悪して、一度は会社を辞めようと思いました。

      しかし、会社、市の難病者支援センター、家族など 支援者と相談して休職制度を知りました。

      休職制度を活用出来た/出来なかったでは、全く違った闘病生活になっていたでしょう。

      健康保険、休職制度、傷病手当など 良い会社は、金銭・福利厚生面で社員を守ってくれています。

      休職期間中、安定した収入があるのは、本人、家族にとってとても大きな安心につながります。

      例えば、50歳の今から難病の体で再就職し、前と同じお給料を稼ぐのは不可能に近いでしょう。

      今、難病などで、もし会社を辞めようと考えている方は、まず会社の福利厚生をよく調べてみて下さい。

      (参考図書:医療費で損しない46の方法 著:原昌平 中公新書ラクレ)

      私の働きたいエリア作り、私に出来る働き方

      以上を踏まえて、私の働く上での考慮点を列挙し、働き方一例を下記します。

      1. 【私のやりたい事】
        ・高齢での難病発症(どん底を味わった)経験から、同じ(辛い)思いをする人を減らしたい。
        ・辛い思い(病気や精神など)をしている人が、立ち直る手助けをしたい。
        ・難病になり、助けてくれた人達、行政(保険制度、難病センター)への恩返しがしたい。
        ・海外から来て日本で働く人・その家族の手助けをしたい(海外生活の恩返し)
        ・私のサ症の経過をブログに書きとめ、サ症患者/難病者の何か役に立てたい。
        ・休職中に始めた法律の勉強をライフワークにしたい。
      2. 【私の持つスキル・特徴】
        ・人の為にする事が、あまり苦にならない性格。
        ・日本語ボランティア、市の難病者当事者委員/サ症の仲間相談員の経験
        ・ブログ運営、ウェブライティングの基本スキル
        ・行政書士の資格(取得中):外国人ビザを専門とした行政書士を目指す
        ・海外(10年間)での会社経営の経験(管理、IT、物流、生産など)
        ・大きな会社での経理、IT分野での経験
        ・多少の英語力
      3. 【働く上での考慮・課題点】
        ・早朝、ラッシュ時通勤を回避できる働き方(テレワークなど)
        ・自分で仕事のスケジュール組が出来る働き方(フリーランス、自営など)
        ・長期プロジェクト型でなく、短期やり切り方の仕事(ストレスを溜めない)
        ・リスペクト出来る、同じ志の仲間がいる仕事環境(ストレス軽減)
        ・やりがい、社会貢献、絶対的価値:一番。利益、給与追求、相対的価値:二番。
      4. 【私の働くエリア、働き方 例】
        ★私のやりがい、スキル・特徴、課題点を、下記仕組み作りの中で活用し、生活費を稼ぐ。
        ・近い将来に向けて、難病、障害、高齢者のヘルパー不足が深刻化している。
        ・少子高齢化による若い人材不足、給与水準の低さ、研修など当産業への定着策が低い。
        ・2019年より外国人実習生のビザが緩和され、家族帯同も許可されつつある。
        ・実習生は企業へ就職するが、その家族への受入れ、サポート体制が整っていない。
        ・行政、民間、地域ボラなどが一体となり、帯同家族をヘルパー人材として活用する仕組作り。
        在留外国人、帯同家族が日本の生活になじめるサポート(外国人を呼び込む宣伝効果有り)。
        難病、障害、国籍など多様性のある人々がフラットで、生き生きと活躍出来る社会作りに貢献。

      最後に

      以上、書いた事は、休職中の私が書いても、単なる絵空事かもしれません。

      ただ、30年の社会経験からすると、それほ現実味の無い話ではないと思います。

      高齢での難病発症、その痛みやひどい疲労感、動かない体、社会の流れから外れた屈辱・挫折感など。

      コロナ、天変地異、そして日本経済が厳しさを増す中、これらの経験は、今後多くの方々が、何らかの形で味わうものでしょう。

      その、挫折経験は、そこから立ち直り、前を向けてこそ初めて将来の財産になると思います。

      残りの人生でそう言ったモノのの、一端につながれれば、良い人生だったと言える気がします。

       

      最後まで読んで頂きありがとうございました。

      【難病と私1】50歳で突然 直面した大困難

      このブログは、人生の折り返しである50歳を目前に突然、避けられない大きな困難に直面し

      この先どうしよう?と悩んでいる方々/その糸口すら見えない方々に向けて

      私の経験が何かの役に立てば、と思い書いています。(2019年当時の記事をリライトしています。)

       

      初めまして、モモタ侍と申します。

      2017年春、50歳を目前にサルコイドーシス(サ症)と言う国の指定難病を急性発症しました。

      この出来事は、それまで平凡に送って来た人生で直面した一番大きな・避けられない困難でした。

      情けなさ、みじめさ、理不尽さ、憤り ありとあらゆる負の感情に心が折れる寸前でした。

      しかし、時間経過といろいろな試みにより25年の今、前より楽しく生きている気がします。

      その体験が何かの役に立てばと思い ブログに書き残しています。

      サ症を発症した頃

      2017年 難病発症当時、私は仕事でモスクワ(ロシア)に赴任していました。

      子供の頃から集団になじめず、会社に入っても何か組織のあり方に違和感を覚え

      日陰のキャリアを歩いてきた私にとって、夢であった海外での10年は まさに適材適所

      フィリピン→ロシアでの赴任中に会社の評価・タイトルもあがり、調子にも乗っていた頃でした。

       

      春先から手足に関節痛があり、足が腫れてるように感じましたが原因はわからないまま経過

      7月頃、急に下肢がパンパンに腫れ、目には虫が飛び(飛蚊症)、足に赤いブツブツができ

      胸のレントゲンを撮るとキノコ雲のような白い影 沢山の全体症状がドッと出ました。

       

      これは普通ではない、と一時帰国して大阪の大学病院で約一か月間「検査入院」をしました。

      「検査入院」とは何の病気か判明しない時に、入院で CT、MRI、血液検査、内視鏡、生検など

      あらゆる角度から検査をして、可能性のある病名を絞っていく手続きです。

       

      結果、サルコイドーシス(サ症)と言う国指定の難病と判明しました。

      サ症は全身至る所に肉の塊(肉芽:にくげ)ができ、いろんな臓器や神経に悪さをする病気で

      発見から100年近く経った今も、原因不明で治療法が確立されていません。

      経過は自然に治るものもあれば、私のように多くの臓器にサ症があり+ 高齢発症の場合

      予後は一般的に悪いと言われています。

      日本で待っていた困難

        日本の大学病院での「経過観察」が必要となり海外赴任を断念、帰国となりました。

        「経過観察」とは定期通院して(私の場合)血液、肺、心臓の検査をして病勢を見ています。

        治療法が確立されてない難病はこうやって経過観察をして病気の変化に対応するしかないのです。

         

        仕事はしばらく休んで職場復帰のタイミングを探りましたが、これがまた難しかったです。

        多くの難病は恐らく一生付き合う類のもので、休んだからと言って改善も治りもしません。

        投薬を工夫し、生活を調整し、時間を掛けて別人のように衰えた体に慣れるしかないのです。

        結局、タイミングもつかめないまま見切り発車で19年の年明けに職場復帰をしました。

         

        この年は、50年で初めて経験する地獄のような1年でした。

        ・10年ぶりの日本はある意味外国で人や生活環境に慣れるのが大変でした。

        ・初めて経験する難病の症状が次から次へと襲い掛かってきました。

        ・何より難病に対する会社の人たちの理解が全く得られ無いことが辛かった。

        難病は疲れや痛みなど一番辛い症状が外からみえず、よってさぼっているとみなされました。

        ・会社は外資となり、ドロップアウトした者への風当たりは容赦なく・強く感じられました。

         

        経営悪化で職場が不便な場所に移転し、駅から海風の強い道を2-30分歩かねばならず

        当時、症状が出ていた足を引きずりながら屈辱で泣きなそうになりながら通勤していました。

         

        こんな泣き言は甘すぎる、社会とはそんなもの、昔の私ならそう思っていました。

        しかし、その時辛い目にあわせた会社の人達を恨む気持ちは一生消えません。

        同時にその時助けてくれた、一握りの人の恩も一生忘れません。

        社会的弱者になり初めて、社会の本当の冷たさ/温かさを身を持って知ったのだと思います。

        今は私のように辛い思いをしている人の何か力になれないか?と考えます。

        まず心と体を休める

        職場復帰から1年ほどで、最後は身も心も会社に向かう一歩がでなくなり休職を取りました。

        昭和一桁の両親の下で育った私にはどこか「会社の為に」と言う気持ちが強くありました。

        この出来事で会社に裏切られた気がして「こんな会社すぐに辞める!」と妻に話しました。

        お金の面、これまでの当然の権利として まず会社の福利厚生を使おう、と懇願されました。

         

        当時、働きもせず会社から休暇やお金をもらうなんてみっともない!と思っていました。

        しかし、今は妻の意見が100%正しかったと感じています。

        大企業で創業者が福祉事業もされていたのが幸いし福利厚生がとても充実していました。

        3年間の休職+給与(国の傷病手当含む)保証が、私に金銭的、時間的余裕を与えてくれました。

         

        心(=最後の砦)が折れる前に、ストレス要因から距離を置くとても大切な対処法です。

        休職後、しばらくは、サ症の強い自覚症状、痛んだ心 などにより、廃人状態でした。

        何度も、死にたいような気持ちになりました。

        しかし、何もせず、そんな状態が数カ月続いた後、少しずつ心が回復し始めました。

        ストレスと距離を置いたことで、自然の治癒力が働いたのだと思います。

         

        休職は勇気のいる決断かもしれません。

        周りに遅れを取るとか、戻った時に職場のポジションが無いのでは?とか。

        当時の私もそうでした。

        しかし、健康を失った心身は、悪い流れを更に悪くする可能性が高いです。

        また、仕事から離れてみると、世の中はもっと広く、もっと可能性に満ちていると気付きます。

        何も考えずに、心と体を休める事が大切だと思いました。

        ストレスと難病

        ストレスがサ症の病勢を左右する、と言う症例報告*があります。

        *サ症とストレスとの関与:日サ会誌2009;29:3-7

        私の場合も、当時勤めていた日系メーカーが台湾企業に買収され、また住んでいたロシアは

        欧州からの制裁や通貨ルーブルの暴落などで経済が低迷し、とてもハードなビジネス環境で

        そんな折、難病を急性発症しました。

        50歳前後の体が変わる時期、強いストレスの前に健康はモロくも崩れ去ります。

        この時期に、体を壊したり、亡くなった会社の人を多く見ました。

        無策・無責任な経営トップが会社をおもちゃにして、現場の人間がその責任を負う

        悲しいですが いつの世もその繰り返しで、何も抗うことができない自分の無力さを痛感します。

        レフグレン症候群 私のサルコイドーシス【サ症1】

        この記事は、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

        ここでは、2017年春に急性発症(レフグレン症候群)した、私のサ症について、発症当時の背景や症状の経過など について、患者目線で書いています。

        50歳目前(=人生後半)での難病発症、そこから立ち直る過程は、一つのドラマでした。

        サ症の症状は、人によって千差万別で、これは、ほんの一例にすぎません。

        しかし、同じような辛い思いをする人が一人でも減るように願って、この記事を書きます。

        難病発症から立直ろうとする過程は 発症後の どん底から立直る【難病と私1】 をご参照下さい。

         

        初めまして、モモタ侍と申します。

        17年の春頃、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

        サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

        症状は人それぞれですが、私の場合、痛み、しびれ、疲れ がつらい自覚症状です。

        *詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

        サ症の発症

        ここでは、難病を発症した当時の、私を取巻く仕事や生活環境を書いています。

        また、発症~経過観察に至る迄の経緯についても書いています。

        サ症に関する、私の知識や経験は サルコイドーシス どんな病気?【サ症5】 をご参照下さい。

        発症した頃 私を取巻く環境

        発症当時、私は海外に住んでいました。

        勤めていた日本本社は、投資の失敗で業界での競争力を失い、経営難の末、外資系に買収されました。

        私のいた海外の現場は、その大波を受け、骨も削るコストカットを繰り返していました。

        また、買収された後は、大幅なオペレーション変更など、本社と現場の板挟み状態になりました。

        長引く経営難、終わりない構造改革、朝令暮改の本社指示に、私は心身ともに疲弊していました。

        そんな頃、サ症を発症しました。

        時間経過(発症~確定診断まで)

        下記が、私のサ症による主な自覚症状を、時系列に書いたものです。

        発症した春頃は、急性サ症=レフグレン症候群に特徴的な、関節痛、肺門リンパ節の腫れ、結節性紅斑(赤い斑点)、のみでしたが、その後さまざまな症状が出ました。

        歩行障害では、足に力が入らず階段から落ち、歩きたくても足が前に出ず。

        味覚障害では、何を食べても同じ味がしました。

        人に起こり得る大半の障害を身をもって体験したような、本当に辛い時期でした。

        1. 4~5月:ひどい疲れ/息切れ。 眼の飛蚊症や光視症。
        2. 6~7月:両手足の関節痛。 両下肢がパンパンに腫れ、赤い斑点(結節性紅斑)がでる。
        3. 8月  :年一回の定期検診で、肺に入道雲のような腫れ(肺門リンパ節)が見つかる。
        4. 9月~半年間 程:全身痛、シビレ、手の震え、寝汗、歩行障害、味覚障害 などの自覚症状。

        各種検査と確定診断

        海外の病院で、どうも普通の病気では無さそうだと言われ、帰国して大阪の大学病院を受診しました。

        9月の初旬に検査入院し、全身に強い自覚症状があった為、検査は多岐に渡りました。

        通常のMRIやCTの他、肺の気管支鏡検査、眼の蛍光眼底検査、髄液検査など辛い検査もありました。

        私のサ症の検査については サルコイドーシス検査 体験【サ症6】 をご参照下さい。

        サ症の確定診断に近道はなく、検査を重ねて他の病気の可能性を排除していく方法でした。

        そして、9月中旬に確定診断を得ました。

        確定診断は、その後の医療費助成制度を受ける為にも必須で、とても大切です。

        難病は、病名が特定出来ず、何年も辛い症状に苦しめられるケースが多くあると読みます。

        私の場合、特有の自覚症状が多く、早い段階でサ症が疑われたのは、幸いでした。

        経過観察

        肺、神経、肝臓、脾臓、目、皮膚など 全身にサ症が有ることが分かりました。

        サ症の大きなリスク要因の一つである、心臓サ症無かったのは幸いでした。

        とは言え、一番辛い自覚症状は、臓器固有のものでなく、胸を中心とする全身の痛みでした。

        私のサ症の症状については、下記をご参照頂けると幸いです。

        1. サルコイドーシス症状 私の場合【サ症3】
        2. 肺サルコイドーシス 私の場合【サ症4】

        自覚症状は強いものの、サ症は寛解もあることから、ステロイドは使わず経過観察となりました。

        治療法のないサ症は、定期的に検査を行い、血液マーカーなどの経過を見るしかありません。

        私の場合、ACE、sIL-2、KL-6をサ症の血液マーカーとして毎月見ています。

        発症から3年間は、非ステロイド系の薬で、だましだまし来ましたが、肺機能の低下と肺の画像悪化により、昨夏、ステロイド治療に踏み切りました。

        今は、ステロイドが効いて、免疫抑制剤、漢方薬も併用し、病状が安定しています。

        検査入院、経過観察、ステロイド治療については、下記をご参照下さい。

        1. 検査入院 って何するの?【サ症7】
        2. 経過観察って何するの?【サ症8】
        3. 私の副作用対策【ステロイド1】

        人は簡単に難病になるのでは?

        サ症のような難病の発症確率は、10万人に1人とも言われます。

        しかし、身近な例を見ていると、難病になる人が増えているように感じます。

        社会変化が激しく、大きなストレスにさらされる環境下で、人はちっぽけな存在にすぎません。

        人間の繊細な、心身のバランスが崩された時、人は簡単に難病になる気がします。

        特に高齢になると、その確率は一層上がるのでしょう。

        治療法の無い多くの難病を知り、人の体は、まだ何も解明されいないと感じます

         

        私自身、(柄にもなく)悪い流れに立ち向かおうとし、簡単に飲み込まれ、難病になりました。

        それまで、病気になる前、自分の中の道理を体を張って守ろうと考えていました。

        しかし、あらがえない大波が押し寄せてき時、逃げるのもあり、と今は思います。

        最後に

        治療法の確立された病気であれば、確定診断により完治に向けた治療が開始されます。

        しかし、サ症の場合、治療法は確立されておらず、薬もステロイドなどの対処療法のみです。

        私の場合も、確定診断から病気に慣れるまでは、心身ともに辛く、長いものでした。

        しかし、4年を経過した今、前よりも楽しく、元気に、強く生きれていると信じます。

        私の難病体験により、同じ痛みを持つ仲間が、辛い状況から抜け出すヒントになればと願います。

         

        最後まで読んで頂きありがとうございました。