バランスの大切さ 難病リスクを減らす【難病と私7】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、強いストレスが掛かった時期に、発症した私の急性サ症の経験から、どうすれば難病になるリスクを減らせたか?の反省。

その反省に基づき、バランス感覚の大切さなど について、思うことを書いています。

サ症のような難病は、一度なってしまうと、恐らく一生付き合うことになります。

この記事が、サ症や難病で苦しむ仲間の何かご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の春頃、50歳を目前に、突然 指定難病の(急性)サ症になりました。

サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

*サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

バランスを持って生きる

サ症の発症や病態悪化について、ストレスとの関係性が述べられている症例報告があります。

ご参考:*サ症とストレスとの関与:日サ会誌2009;29:3-7

私の場合も、勤めている会社の経営難が長引き、その悪影響が、当時いた海外の現場に押し寄せた頃、急性の難病を発症しました。

また、強いストレスが掛かった時期に、難病を発症した人を、身近に何人か知っています。

人生後半での難病発症は、心身ともに本当に辛く、苦しい経験です。

サ症になってから、なぜ難病になったのか、ストレスの対処法はなかったか?

何度も何度も考えました。

心・技・体のバランス

「心・技・体」とよく言いますが、発症前、私はこのバランス感に欠けていた、と思います。

特に「体」が決定的に欠けていて、自分もこれを軽視してきた反省が強いです。

40歳目前で、念願かなって海外で会社経営に携わるチャンスを頂きました。

海外赴任の中盤から、その国の経済状況や、本社の経営状態が悪化し、長期化しました。

それらのストレスがピークに達した頃に、50歳を目前に、急性サ症を発症しました。

 

「心」は10年間の新興国でのサバイバルな環境で鍛えられ。

「技」は日本本社や海外の現場でそれなりに鍛えられていたはずです。

しかし、それを支える「体」が、絶対的に足りませんでした。

例えれば、基礎工事の無い土地上に、良い家財が置かれた、強固な家を建てるようなものでした。

子供の頃から、部活動が続かず、体育会系と距離を置いたバチが、最後に当たったのでしょう。

時既に遅し、ですが「心・技・体」3つ揃わないと大目標の達成はないと思います。

変化を柔軟に受け入れる

「変化」に強い嫌悪感を持つ人は多くいます。

一般的に、変化を受け入れるのは、大変で、その為には気力や体力が必要です。

しかし、変化を拒み続けるなら、視野は狭まり、頑固になり、人にも敬遠されていくでしょう。

それで良いと言っても、人は人とのつながり無しには、生きれない生き物だと思います。

10年間の海外生活で、異なる考え方の人々、文化、風習を、自分なりに柔軟に受け止めてきました。

一方、本社が買収され、企業風土/文化が変わっていく、その変化を受け入れれない心がありました。

日本からの大きな変化の波に、私と心と言う、ちっぽけな堤防は一瞬で決壊しました。

もっとしなやかで、柔軟に、しなるような心であれば。。。

かと言って、会社を去ったり、魂を売ったり、と言うことが性格上出来たのかは疑問です?

いずれにせよ、時に強固に、時に柔軟な、そう言った心の鍛錬が必要と思いました。

生きがいを見つける努力を続ける

子供の頃から、将来の夢とか、熱中できるものとか、何もない人間でした。

一方で、モノの見方や考え方が、周りの人と違うようで、変わり者とか、頑固とかよく言われました。

結果、生きがい見つけを継続せず、少し自信なく、何かに劣等感を持って、生きてきました。

親や周りの顔色を見ながら、なんとなく大学に行き、なんとなく就職し、それでいて融通が利かない。

間違っても良いから、もっと、強く・自信のある自分の積み上げをしておくべきだった、のでしょう。

この姿勢・生き方が、ストレスの大波(難病の引き金)を目の前にして、マイナスに出ました。

高いストレスの波を前にして、それを乗り越える強さも無い。

一方、融通の利かなさから、逃げたり、交わしたりもできない。

結果、難病になり、それまでの小さな積み上げを失い、それ以上に、健康な身体を失いました。

人は生まれる時に、この世で体と言う服を借り、死ぬ時にお返しする、と本で読みました。

私は、借り受けた大切な服に穴をあけた、礼儀に欠ける行いをしました。

 

「生きがいを見つける」と言うのは、難しいことかもしれません。

ましてや、それを仕事にすると言うのは更にハードルが高いと実感します。

しかし、なんとなく 流されてきた私は、肝心な所で、自分の進退を決める根拠に欠けました。

たとえ、生きがいを見つけれないまでも、見つける努力は継続すべき、と反省します。

個の力を高める

もう一つの大切なスキルは、原点に戻って、個を高めることだと思います。

生きがいを見つけること、個を高めること、いずれも生きる自信や確信につながるでしょう。

個を高めるとは、即ち、学び続けること、だと思います。

知り合いの偉い法学者にお会いしたとき「一生勉強」と言ってられました。

日本人は、学校を卒業すると勉強をしなくなるが、そこからが本当の勉強の時間だと。

これも、時既に遅しですが、今、休職期間を使って、行政書士の勉強をしています。

法律と言うと、堅苦しく、窮屈なものと、勝手に決めつけていました。

しかし、学んでみると、人が自由や平等を勝ち取る為の、苦悩や喜びが反映された歴史小説のようです。

私の職種だった管理や経理なんかより、ずっと面白く、興味深いです。

 

学ぶことの最終目的は、自分で考えた「自分のオリジナル」を作ることだと思います。

会社に頼らなくても、自分のオリジナリティを武器に、最後は、自分の腕一本で、何とか食べていける。

もし、そんな自信があれば、ストレスが掛かった時でも、難病のリスクから逃れられるかもしれません。

(参考図書: 考える練習帳 著者:細谷功 ダイヤモンド社)

とは言え、無理な時は逃げる

以上、いろいろ書いてきましたが、上記を全て備えるのには大変な努力が必要です。

私のような、常人では一生無理かもしれません。

なので、非常事態では、迷わず逃げる訓練をしておくことも大切だと思います。

継続は力、石の上にも三年、と言った格言通り、日本には、逃げることを嫌う文化があります。

周りの人も、もう少し考えてとか、我慢してとか、奮起を促す傾向があります。

それが仕事の場合、周りの人にとっても死活問題だから、当然なのでしょう。

が、その時、自分はすでに崖っぷち、どころか既に、崖の上につま先立ちの状態かもしれません。

現に、私はそうでした。

私は、時期さえ間違えなければ、逃げることは決して悪いこととは思いません。

先の戦争も、もっと適切な時期に、降伏して(逃げて)いれば、沢山の尊い命が救われていたでしょう。

 

サ症になる前、地位・学歴・お金など 相対的価値(人と比べて自分はどうか)の中で生きて来ました。

しかし、それらのほとんどを病気で失いました。

そのおかげで、今は、自分の正誤、善悪にそって、価値判断が出来るようになりました。

これを絶対的価値観(自分はなぜ存在するのか など)と言うそうで、これを磨くと、人間として成長できるそうです。

最悪、難病になっても、また新たな世界が見れたり、学びがあったりします。

生きていると言うことは、それだけで、とても意味深いと感じます。

最後に

今の世界は、従来のやり方、過去の価値観だけでは、新しい価値創造が難しくなりつつあります。

世界的に付加価値の高い起業は、米国や中国のアイデアに富んだ新しい企業です。

ネットにより、社会変化のスピードは速く、日本は、少子高齢化の加速で、待ったなしの状態です。

より、心・技・体のバランス生きがい個を高める、これらの重要性が高まっていくと思います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

人が生きてる! 組織のポイント

このブログは、仕事、趣味、ボランティアなど何でも 組織作りに悩まれている方/興味ある方に向けて書いています。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

以前、約10年間、海外で小さな会社の経営をした経験があります。

生産と販売を行う、工場を持った会社でした。

新興国と言う社会の未成熟さ、経営や人事に素人の私、全てに余裕は無く、とにかく組織を円滑に回すことに注力しました。

 

また、50歳を目前に、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病を発症しました。

サ症は、一生付き合う種類のもので、発症から大阪の大学病院で診てもらっています。

この病院に3年間通っていて感じるのは、組織や人が、とても機能し、進化していることです。

*サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

 

ここでは、海外や難病での入院経験を通じ、私が思う、人が生きている組織の条件を書いています。

組織を束ねる方々の何かのご参考になれば幸いです。

良い組織の条件 私の経験

以前、海外(フィリピンとロシア)で、約10年間、数百人規模の会社の経営を見た経験があります。

会社の構造改革に取り組む中で、組織作りについて学び、試行錯誤を続けた日々がありました。

私の思う 良い組織

私が、これまでに見た 良い組織の共通点を抽出すると以下のようなものです。

  1. 組織の目指すべき使命やミッションが明確。最終決定権(決定者)が明確。 
  2. 決定者に権限(権利)と責任の両方が備わっている。
  3. 各現場の仕事内容(職務分掌)が明確で、組織の使命やミッションの延長上にある。
  4. 組織を構成する個の力(資格と経験に裏付けられたスキル)が強い。
  5. 各現場が失敗を恐れずにチャレンジできる自由な風土とサポート体制がある。
  6. ミッション達成のために何でも言える風通しのよい環境がある。

長い会社員生活で見た悪い例は、権利は主張するが、責任を取らない組織です。

結果として、連帯無責任幹部のお友達化などの弊害を招き、会社はぬるま湯化していきます。

他にも、リスクに敏感になるあまり、チャレンジを忘れ思考停止に陥る組織。

臭いモノにフタをする企業風土にある組織(フタで押さえきれなくなった時は既に手遅れ)。

こう言った組織は、確実に組織の血のめぐりを悪くし、母体となる会社を死に至らしめます。

 

これら悪い例に反し、良い組織の条件を備えていると思うのが、掛かり付けの大学病院です。

病棟における組織について

私は、これまで3回(約1年に1回)この大学病院に入院しています。

病床から人の動きを見て感じるのは、入院病棟の組織力の高さ、各医療従事者の個の強さです。

それは入院する度に進化、発展を続けているように感じます。

私が推測するに、入院病棟の組織と人は以下のような感じに見えます。

  • 医学的根拠に基づく、最終判断は医師に集約されており指示系統が明確です。
  • その判断に基づき各現場の医療スタッフのミッションをは明確で、それを遂行されています。
  • 看護師の方々は、組織を構成すると同時に、資格に基づく高いスキル意識を持ったプロ集団です。

 

例えば、リハビリで廊下を歩いていて感じるのは、(この建物は少し古いですが)廊下はピカピカに磨かれ、週に何度も除菌処理と思われるワックスがけをされています。

その方法は、感染リスクを徹底排除するためのノウハウの蓄積、匠の技 と言った感じです。

看護師の方々は、時に専門的な知識を患者に分かりやすく伝えるアドバイザー、時に命の危機に直面した患者の心に寄り添うカウンセラー、いつもは優しい介護者と何役もこなされます。

まさに組織と個の実力が、がっちり噛み合った理想的な形に見えます。

人が自然に育つ環境

ここでは、キャリアの長い看護師の方(先輩)と短い方(後輩)がバディを組み、患者をケアされいます。

先輩が後輩にノウハウ、スキルをマンツーマンで直伝するスタイル。

難しい処理に後輩が手こずると、先輩がサッと変わって一瞬で終わらせる。

後輩は、先輩との実力差を知る事で、自然に先輩への畏敬と尊敬の念がわく。

人が成長する上で、非常に納得感のある理にかなったと仕組みと思います。

 

また、凄いと思うのは、患者さんから来る無理難題に対し、看護師の方々から逃げ文句言い訳一切聞きません。

一刻を争う命と直面する厳しい環境がそう言った姿勢を育むのでしょう。

ミッション(魂)の継承の大切さ

私の勤める会社は、経営が傾き、外資の力を借りて切り抜けた過去があります。

経営が悪くなり、多くの仲間が会社を去り、好きな社風がくずれ、、、

同じ頃にサ症を発症した私にとって、それは悲しい歴史の記憶です。

 

会社が良かった頃、粗削りながらも、この病院のような組織・人がありました。

しかし、組織にほころびが見え始めた頃から、会社の経営も悪くなっていった気がします。

なぜ、あんなことになったのか? 今でも考えることがあります。

 

「自由な空気と質素を好み、上下の隔たりなく門下生と接し、医の道を追求した。」

この大学病院の源流を作った先人の人物像だそうです。

脈々と、その魂が受け継がれているように感じます。

良い文化、風土が継承され続ける理由を考えるに、命と言う尊いものと向き合う「医療」と言うものの使命やミッションがそうさせるように思います。

つらい人を助けたい、痛みを和らげてあげたい、人の本質とミッションが上手く融合してるようです。

最後に

これまで年に一度、定期的な入院をしています。

入院はつらいですが、この大学病院で働く医療従事者にいつも元気をもらいます。

退院したら自分もまた、頑張ろうと次のモチベーションになります。

この良い遺伝子が、今後も受け継がれ、日本の医学の更なる発展に寄与するよう、国を上げてサポートする必要があると感じます。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ステロイド治療 私の副作用【ステロイド1】

このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間、ステロイド治療に関心がある方に向け書いています。

ここでは、昨年、私が始めた、ステロイド治療の副作用について実体験に基づき記事にしています。

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の夏頃、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

 

私は、昨夏(20年)から、肺サ症の悪化により、ステロイド剤(人体の副腎皮質と言う器官から分泌されるステロイドホルモンを基礎に作られた薬)内服による治療を始めました。

ステロイドは、素晴らしい薬である反面、副作用が大きな問題になる薬です。

関連記事を読むと、その効果や副作用も、人によってバラバラのようです。

あくまで一例ですが、現在/今後、ステロイド治療をされる方の、何かのご参考になれば幸いです。

尚、薬の処方等は、全て主治医(専門医)の指導によるものです。

発症~ステロイド治療までの経過

私のサ症は急性で、心臓を除いた大半の臓器に病変があり、強い自覚症状も多くでました。

サ症は、その一部が慢性化、難治化する一方で、自然寛解することも多い病気です。

自然寛解を視野に約3年間、経過観察してきました.

しかし、徐々に肺の影が悪化、呼吸機能も低下してました。

そこで、昨夏、入院してステロイド剤(内服)による治療を始めました。

私の服用するステロイドは、プレドニンと言う、オレンジ色のとても小さな錠剤です。

しかし、この小さな粒が、私には劇的な効果をもたらしました。

ステロイドのいろいろな副作用

今、ステロイドの内服を始めて1年弱になります。

ステロイドの主な副作用に、日和見感染、骨粗しょう症、糖尿病、ムーンフェースなどがあります。

ここでは、私の実体験も交えて、ステロイドの副作用について書いています。

日和見感染

ステロイドの副作用の一つとして免疫力低下があります。

健康体なら問題ない病原体(カリ二肺炎、カンジタなど)に感染する、日和見感染(ひよりみかんせん)を起こすことがあります。

私の治療は、20年8月初に入院し、プレドニン 30mgから始まりました。

開始から2~3週間目が、特に感染症を起こしやすいので注意するよう、主治医に言われました。

外部と遮断されたコロナ禍の病棟。

感染リスクは非常に低い状況でしたが、それでも以下の軽い感染症を自覚しました。

  • 皮膚の生検をした傷口の治りが悪かった。→ 抗生物質+塗り薬で3週間ほど掛かりました。
  • 口腔カンジタに感染し、舌が真っ白になりました。→ 毎日、ブラシで舌の表面の菌を取りました。

今は、バクトラミンと言う、免疫増強の薬(1錠/日)を服用しています。

その後、感染に係わる目立った副作用は出ていません。

骨粗しょう症 や 顎骨壊死(がっこつえし)

入院中に、骨粗しょう症のリスク予測のため、骨密度を図りました。

レントゲン写真を撮るような機械で、痛みも無く、簡単な検査でした。

 

背骨の骨密度は同年齢の平均値以上でしたが、下肢は平均値の80%くらと異常値でした。

思い起こすとサ症発症時、一時的に歩行障害がでて、足を引きずっていた事がありました。

その後治りましたが、サ症は下肢の骨/筋肉に影響していたのかもしれません。

 

ボナロンと言う、骨を強くする ゼリー状の薬を週1回飲んでいます。

この薬は、飲んでから30分間は、寝転んではいけない、少し変わった処方のお薬です。

ボナロン(ビスホスホネート系薬剤)の副作用で アゴの骨が腐る、顎骨壊死(がっこつえし)になることがあるそうです。(確率は低いそうですが)

抜歯した所などから菌が入り、治療に1~2年も苦しむ人がいると、口腔外科の先生に聞きました。

そこで、服用前に治療の必要な歯が無いか、歯科検診を受けました。

週1回の薬なので、飲み忘れに注意です。

糖尿病と血糖値

私のサ症の自覚症状の一つに、味覚障害がありました。

何を食べても同じ味で、味が無く、とても辛い時期が続きました。

その後、治った気でいましたが、ステロイド治療が始まると劇的に味覚が改善しました。

(舌の神経の肉芽が小さくなり、味を沢山感じれるようになったのでしょうか?)

食事が美味しく、また、ステロイドの副作用の食欲増進も加わりました。

たった3カ月で4キロも太り、あっという間に血糖値(HbA1c)も高値になりました。

食欲に任せて食べると体重も血糖値も上がるので、毎朝体重を図り、体重維持に取り組んでいます。

食事は、朝、昼を多めに、夜は少なめに変更しました。

体を作るタンパク質を効率良く接種する為、プロテインも上手く活用しています。

昔から、いくら食べても太らない私が、まさか、ダイエットを意識するとは。。。

人生、何が起こるか分かりません。

骨の為に、理学療法士の先生に教わった、サバ缶、もずく、豆なども意識して取っています。

また、肝臓のγGTPと言う数値が、300前後の異常値(正常69以下)になりました。

これも薬の副作用、サ症の影響などですが、お酒を飲むのを週2回ぐらいに減らしました。

 

その他の副作用

他にも、いくつか副作用らしきものが発生しました。 

  • 気持ちがたかぶる

 ハイな状態が続き、意欲が湧きすぎ、寝付けず、心のコントロールに少し苦労しました。 

 異様な意欲に任せて活動すると、後でドッと疲れが来るので、平常心を養う訓練が必要でした。

 私は躁(ソウ)でしたが、反対に鬱(ウツ)になる人もいるようです。

  • ムーンフェース 

顔がしもぶくれのようになりました。 プレドニン10mgに近づき少しましになりました。

  • 多汗症

少し歩くと異常に汗が噴き出て、シャツがビチョビチョになります。

ボティ―シートが手放せなくなりました。 男性の更年期もあるかもしれません?

 

ステロイドは、長期間、大量に使うほど副作用のリスクは高まることを主治医に教えてもらいました。

副作用が出る/出ない、副作用の種類も、人によって様々だそうです。

しかし、これらの副作用を大きく上回るQOL(生活の質)の向上を実感出来ています。

ステロイドは、今の所、私にとっては「魔法の薬」です。

ステロイド副作用対策(私の一例)

以下は、ステロイドの副作用対策として、この1年、私が取り組んできた実体験です。

ステロイドの副作用は、本当に、人により様々らしいので、ほんの一例ですがご参照ください。

いかにステロイドを減らすか

副作用を減らすには、やはり使用量を少なく、使用期間を短くするのが第一です。

私は、今、53歳で プレドニン30mgから始めました。

残りの人生を考えると、まず10mgを切ることが目標です。

しかし、8mgまで減らしましたところで、再燃し、現在12mgまで再増量中です。

再減量できない場合、免疫抑制剤(リウマトレックス)を併用する検討も始まりました。

しかし、免疫抑制剤にもまた副作用があるそうで、結局、いたちごっこです。

サ症に漢方が功を奏した症例報告*を読みました。

神経科の先生が、東洋医学も扱われていて、再減量時は漢方の併用を試す予定です。

*呼吸誌1(1)2012:漢方治療が奏功した全身症状を伴うサルコイドーシスの1例

散歩とストレッチ

将来の骨粗しょう症のリスクを減らす為、散歩を習慣にしました。

歩くと骨や筋肉が刺激され、体力維持にも良い、一番簡単な全身運動だと、入院中に理学療法士の先生に教えてもらいました。

サ症の発症時は、心も痛んでいたので、ぶらぶら散歩が、心を休めるのにも良かったです。

5000歩/日で 週3~5回、月平均 3000歩/日を目標に歩いています。

 

ゆっくりした呼吸に意識を集中しながら歩くのがポイントと教わりました。

もちろん、日々の体調が第一優先です。

私はこの手のことが長続きしないのですが「ながら歩き」が、効果を発揮しました。

例えば、空調の効いた病院や買物の待ち時間を使い、ウロウロと歩数を稼ぐようにしています。

この効果もあり、この1年間続いていて、毎月の目標を達成しています。

 

ストレッチは、日々のQOL(生活の質)を上げる目的でやっています。

近所に良いストレッチのコーチを見つけたので、隔週30分してもらいます。

ストレッチをしてもらいながら、体や筋肉の仕組みを教えてもらいます。

例えば、昔、学校で習った方法だと、背中の筋肉が伸びるだけで効果が薄いそうです。

上半身と下半身をつなぐ、腰あたりの筋肉を伸ばすのが正しい方法とのこと。

体の構造を理解して、正しい筋肉を使うことで、自然と姿勢も良くなるようです。

 

他にも肩甲骨(けんこうこつ)を動かす大切さや、酸素の摂取量を増やす方法も教えてもらいました。

筋膜はがし機器や、安くて良いプロテインも教えてもらいました。

教えてもらったことを、自分で家で継続して実践出来るのも大きなメリットです。

簡単な器具を使ったリハビリ

他にも入院中のリハビリで学んだ、軽い筋トレも出来る範囲でやっています。

  • 椅子に座って、1kgの重りを巻いた足首の上げ・下げを20回、2セット/日。
  • 立った姿勢で、つま先立ち&戻すの繰返し、20回、2セット/日
  • バランスボードも正しい筋肉を鍛えるのに効果的だそうです。

最後に

ステロイドに対して、ネガティブな印象を持つ人を多くみます。

作用⇔反作用(効果⇔副作用)の功罪があるからだと思います。

私は、この薬に命を救ってもらったので、やはり素晴らしい薬だと思います。

後は、いかに副作用を上手くコントロールするかです。

 

ステロイドのサ症への有効性は、医学的に、まだ確立されてないようです。

しかし、少なくとも、私のサ症にはステロイドが良く効いています。

今は、長期的視野から、ステロイドを軸に体力をつけ、薬の減量を最優先で進めています。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

サルコイドーシス検査 体験【サ症6】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、私がサ症になって実際に受けてきた、さまざまな検査の体験を書いています。

今後、同じような検査をする際のご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年、突然、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。

サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

*サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

私のサルコイドーシス

私のサ症は、レフグレン症候群(急性サ症の一つ)と言う、日本人には珍しい型のサ症です。

下記の通り 疾患は全身にあり、これまで沢山の検査を受けてきました。

サ症のある臓器:目、肺、皮膚、神経、肝臓、脾臓

現在の受診科 :呼吸器内科、循環器内科、神経内科、神経科、眼科、皮膚科、整形外科(7科)

経験した自覚症状:痛み、シビレ、疲れ、味覚/歩行障害、ふらつき、飛蚊症、耳下腺の腫れ など

これまで受けた検査

ここでは、実際に受けた検査の概要、及び検査についての自分なりの感想(◎=楽勝、〇=普通、✖=つらい)を書いています。

評価はあくまで私の個人的な感想ですので、参考程度にしてください。

〇 呼吸機能検査(肺)

努力性肺活量(FVC)、肺拡散能力(Dlco)で呼吸機能の経過観察をしています。

[char no=”3″ char=”モモタ侍”]努力肺活量: 最大に吸った後、最後まで吐ききったときに、吐き出すことのできた息の量。  ガス拡散能力:体の中に酸素を取り込む能力。[/char]

肺活量や努力肺活量の測定は、下の絵のような「スパイロメーター」と言う機器で行います。

鼻をクリップで止め、呼吸管を接続したマウスピースを口にくわえます。

肺活量(基準値80%以上):

普通の呼吸を数回繰り返した後、大きく息を吐き → 大きく吸い→再び、大きく吐きます。

努力性肺活量(基準値70%以上):

静かな呼吸を2~3回繰り返した後、大きく息を吸い → 強い息で一気に全部吐きます。

息が枯れるまで踏ん張って吹き、息を吐き切るところが、少ししんどいくらいです。

下記が、私のサ症の呼吸機能の推移です。

呼吸機能検査(経過) 基準値 17年9月 18年9月 19年9月 20年7月 20年9月
努力肺活量(FVC) 80%~ 92.0% 89.8% 86.7% 71.1% 83.8%
肺拡散能力(Dlco) 70%~ 65.7% 79.3% 64.8% 56.4% 75.2%

発症から20年夏まで、呼吸機能が低下し続け、最後は、呼吸が浅くなりました。

その際、空気の有難さが身に沁みました。

20年8月ステロイド治療を開始、21年冬現在、呼吸は正常化しています。

✖ 気管支鏡・肺生検(肺)

肺に内視鏡のような管を入れて組織を取る検査です。

私は、胃腸の内視鏡は平気なので、そのくらいに思っていました。

しかし、肺に気管支鏡を入れるのは、けっこう痛くてつらい検査でした。

とは言え、サ症の確定診断には、この検査が手っ取り早いようで、大切な検査と聞きました。

✖ 造影検査

MRIや蛍光眼底検査の際、造影剤(画像判断を容易にする薬)を使って検査をします。

検査自体は問題ないのですが、造影剤がやっかいでした。

検査中に造影剤を注入するのですが、体がカッと熱くなり、ひどい吐き気が起こります。

数秒なので、吐く手前で終わるのですが、毎回辛い思いをします。

症状は、個人差があるでしょうが、私には辛い検査の一つです。

その他の検査

 〇 腹部/心エコー:内臓や心臓の経過観察の為、半年に一度、検査を受ます。

腹部/胸にゼリーを塗り、その上にプローブと言う器具を当てて内臓や心臓の状態をみます。

痛みは全くなく、指示に従って、息を吸って、お腹を膨らませて止める、のを繰り返します。

私は、研修医の訓練台になることが多く、横向きで長く静止している時間が少し辛かったです。

〇 生検(皮膚、肝臓):皮膚はメスで患部を開き、肝臓はお腹に注射を差し組織を取りました。

どちらも局所麻酔の注射が少し痛いくらい(歯の麻酔より痛くなかった)です。

難病の組織は、研究材料としても役に立つようなので、生検には積極的に協力しています。

◎ ガリュウムシンチ(全身):検査自体はMRIやCTと同じような感じで、全く痛みもありません。

検査前に注射や絶食がありました。

〇 髄液検査(神経):背中から注射を差して取ります。

脊髄が傷ついて動けなくなる?など 勝手に恐いイメージを持ってましたが、痛みも、手順も通常の採血とたいして変わりませんでした。

◎ 蛍光眼底検査(眼):ぶどう膜炎の状態を見る為に、眼底の写真を撮ります。

先に書いた造影剤の辛さを除けば、痛みも無く、座って写真を撮るだけです。

その名の通り検査後に蛍光色の尿がでました。

撮った写真をみると、眼の血管がブドウのようにボコボコに腫れていました。

だから、ぶどう膜炎と言うのだと思っていましたが、間違いでした。

ぶどう膜とは、茶目の部分から奥に広がる、虹彩・毛様体・脈絡膜と言う3つの組織の総称で、形も色もぶどうの房に似ていることから、そう呼ばれるそうです。

血液検査

月に一度は血液検査を行い、サ症の活動性や薬の副作用などを見ます。

アンギオテンシン変換酵素(ACE)、可溶性インターロイキン2レセプター(sIL-2R)などで活動性を見ています。

下記は、私のサ症の血液マーカー推移です。

血液検査(経過) 基準値 17年9月 18年9月 19年9月 20年7月 20年9月 20年10月 20年11月
ACE 7.7~29.4 55.1 26.9 32.8 34.8 20.1 14.6 15.4
sIL-2R 121~613 3,297 862 1,243 1,211 412 278 257
KL-6 ~500 684 725 1,008 981 1,063 614 523

サ症マーカーは発症時とても高く、その後 下降し、異常値のまま安定していました。

(間質性肺炎で高値になる)KL-6は、正常値から肺画像の増悪、肺機能の低下に伴い徐々に悪化。

いずれも、20年8月のステロイド治療により、正常値に戻りました。

最後に

難病は、一般的に治療法が無いので、体の変化を経過観察(検査)で見るしか無いようです。

疾患が全身にある為、病院に行くと各科をハシゴする日もあります。

ステロイド治療後は、呼吸器内科が、軸となり、サ症の症状全体をコントロールされてます。

アメリカには総合診療と言う概念が、古くからあるそうです。

免疫関連の全身疾患は、総合診療科が司令塔になり各科との連携を取ると聞いたことがあります。

そのような病院の機能が、日本でも早く標準になってほしいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

ステロイド治療 3カ月の経過【ステロイド2】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向け書いています。

ここでは、2020年夏に始めた、ステロイド剤治療の経過を実体験に基づき書いています。

ステロイドは、その副作用から悪い印象を持たれている事も多い薬です。

ただ、今の所、副作用の少ない私にとっては、命を救ってくれた魔法の薬です。

ステロイド治療による反応、副作用は、体質によってバラバラと聞き来ますが、私の1例が、何かの参考になれば幸いです。

[char no=”3″ char=”モモタ侍”]ステロイド剤は、体の副腎皮質という器管からでるホルモンを基にした薬です。[/char]

 

初めまして「モモタ侍」と申します。

3年前、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

サ症*は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ がつらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

サルコイドーシス発症時

発症当時、私は、仕事でロシアに住んでいました。

春頃に、ひどい息切れ疲労感があり、その後、手足の関節痛が発生しました。

初夏に、カエルの卵のような物が見え始め(飛蚊症)、目を閉じても光が差込みました(光視症)。

続いて、下肢がパンパンに腫れ、赤いブツブツ(結節性紅斑)がでました。

帰国して、大阪の大学病院を受診し、肺の影肺門リンパ節)も見つかりました。

これらの症状からサ症が疑われ、17年9月に検査入院、確定診断を得ました。

その後も、体の痛み、シビレ、耳下腺の腫れ、強い立ちくらみ、歩行障害、ふるえ、耳鳴り 沢山の症状が出ては消え、一部は残りました。

ステロイド治療 ~3カ月の経過

自覚症状の中でも、特に部位の特定出来ない全身の痛みひどい疲れに苦しみました。

その為、治療の第一選択肢であるステロイドを試し、早く楽になりたいと思っていました。

しかし、ステロイドのサ症への効果は、今の所、確約されていません。

また、ステロイドは、さまざまな副作用が起こる薬です。

最悪の場合、サ症は改善せず、副作用だけが追加となることも想定されました。

また、残りの人生を考えて、副作用に悩む時間を少しでも短く、と主治医は考えて下さいました。

これらの話し合い・検討を、主治医と積み重ねてきました。

しかし、3年が経過した頃、呼吸機能の悪化、咳・息切れが強まり、治療が避けられなくなりました。

ステロイド治療開始 1週目

8月初に入院、ステロイド剤のプレドニンを30mg(6粒)/日から服用開始しました。

私にはステロイドが劇的に効き、2日目には、皮膚サ症の赤色が薄く、呼吸も楽になりました。

(通常は、開始から2~3週間後から効きだすそうです。)

肺のレントゲン写真も、白い影が、入院前に比べて目で見て分かるほど薄くなりました。

何より大きかったのは、痛み、疲れ などの強い自覚症状が弱まり始めたことです。

それは、これまでの非ステロイド系の薬では感じられなかったスッキリした効き方でした。

画像が示すように、白い影(たぶん肉芽種)が小さくなり、各臓器への悪影響が減ったのだと思います。

痛みと同時にひどい疲れが減り、気力が戻り、生活の質が大きく改善し始めました。

2週目

1週目ほど劇的では無いものの、肺の影が更に薄くなりました。

サ症の血液マーカー(ACE、sIL-2R)や肝臓数値(ALT、AST、ALP)が、改善し始めました。

自覚症状や血液数値が改善したので、飲んでいた薬の見直しを医師と行いました。

ステロイド剤を始めると副作用対策としてお薬が増える傾向にあります。

私の場合、下記の見直しで 薬の量を維持する事に成功しました。

薬が増えると、精神的にも落ち込むので、薬の中身を見直すのは大切だと思います。

(増えた薬)

  • プレドニン :2錠(スタート時6錠)/1日1回、ステロイド剤
  • バクトラミン:1錠/1日1回、免疫力増加、ステロイド副作用対策
  • ボナロン  :1錠/週1回、骨粗しょう症対策、ステロイド副作用対策

(減った薬)

  • ロキソニン      :2→0錠/1日1回、痛み止め
  • ウルソデオキシコール酸:2→1錠/1日3回、肝臓の薬
  • グリチロン      :2→1錠/1日3回、肝臓の薬

(維持した薬)

  • サインバルタ :1錠/1日1回、抗うつ剤、シビレ・痛み止め
  • ラベプラゾール:1錠/1日1回、胃の薬、ステロイド副作用対策
  • テプレノン  :1錠/1日3回、胃の薬、ステロイド副作用対策

3週目

治療の第一目的だった肺は、機能も画像もかなり改善しました。

辛かった痛み、疲れなどの自覚症状も弱まり、元気だった頃を思い出す日もあります。

 

呼吸機能の検査数値は、入院前より改善し、血液マーカーも正常値に近づきました。

それに伴い、咳も無くなり、呼吸も楽になり、空気のありがたさを実感しました。

副作用は、気持ちの高揚感食欲増進と言ったくらいのもので、辛くはありませんでした。

経過も良いので、8月末で退院し、プレドニン30→25mg/日に減量となりました。

2~3カ月目(現在)の経過

プレドニンは、9月:25→20mg、10月 :20→15mg、11月 :15→13mgと減量中。

(目標の維持量は5mg前後。)

 

10月の減量時(20→15mg)に体の痛みが出た為、医師の指導の下、減量速度を落としました。

その後も薬の減量時に、少し問題を抱えますが、今の所、良好な経過です。

心身ともに改善傾向で、体調の良い時は社会復帰したい気持ちも芽生え始めています。

 

下記の通り、検査値も、呼吸機能やサ症の血液マーカーは正常値に戻りつつあります。

肺の影も、更に少しずつ改善しています。

 

シビレの自覚症状は残りましたが、薬(サインバルタ)でコントロール出来ています。

(神経は一度痛めると再生せず、シビレが残ることがあるそうです。)

 

一方で、次の副作用と思われる異常値も出始めています。

γGPT(肝臓)が上昇。 入院前:122→9月:281→10月:341→11月:451。

他の肝臓の数値は下がった一方で、γGPTだけは300台の高い数値を維持しています。

ロキソニン(非ステロイド系)でも、この数値は高かったので薬の副作用と思われます。

肝臓の薬も飲んでいるので、他に方法は無く、お酒を控えるように心がけています。

 

血糖値の指標であるHbA1cと言う血液数値も若干の異常値です。

私の場合、ステロイドにより食欲が増進され、食べても食べても空腹感が残ります。

それに任せて食べ続けた結果、体重が過去経験したことの無い値になりました。

今は毎日体重計を見ながら食事内容、量と質を調整しています。

子供の頃からガリガリの私には初めての経験です。 人生何が起こるかわかりません。

その後のステロイド治療経過について、下記もご参照頂けると幸いです。

  1. ステロイド治療 半年の経過【ステロイド3】
  2. ステロイド治療 1年 免疫抑制剤・漢方薬【ステロイド4】

モノの見方が少し変化したこと

サ症を発症して早くも3年が経過しました。

自分の将来に悩むこともせず、親に言われるままサラリーマンになり30年やってきました。

特に、発症前の10年は、入社の理由でもあった海外勤務もかない、全てが順調でした。

サ症を急性発症し、今迄の積上げを全てを失い、人に八つ当たりし、自暴自棄にもなりました。

そして、当事者として人の痛みを知るうちに、モノの見方や考え方に、少し変化が起こっています。

以前は、いくら疑問を感じていても、価値基準が、既成の相対価値(会社の大小、役職の上下と言ったもの)でした。

会社と言う狭い世界の中では、それしか見えず、そう生きるしか無かったようにも思います。

しかし、そんな世界から距離を置いた今、自分に残っ価値価基準は非常に基本的なものです。

それは、ちゃんと他人を思いやれる、受けた恩は返す、礼節を重んじるなど 絶対価値です。

会社時代の自分を思い起こすと、猪突猛進で、やや狂信的だったとさえ思えます。

サ症が、本来の自分を気付かせてくれた、サ症に救われたのかもしれません。

最後に

サ症や多くの難病は10万人に数人と発症確率は非常に低いと書いてあります。

一方で、強いストレスの中、私の周りだけでも、難病になった人が数人います。

難病になって、人間の体や心は、環境変化に非常にデリケートだと感じます。

社会が厳しくなり、ストレス要因が増え、難病の発症率は増えているのではないでしょうか。

 

私のサ症は、レフグレン症候群と言う、日本人(特に男性)には非常に珍しい型です。

珍しいサ症の経過を書いたこのブログが、サ症の原因解明への一助になることを願います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

サルコイドーシス どんな病気?【サ症5】

このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の仲間に向けて書いています。

サ症の症状・経過は実に多様で、また希少疾患なので患者目線の情報が少なく感じます。

ここでは、サ症とはどんな病気か?

心臓を除くほぼ全身にサ症がある私の4年間の体験に基づき書いています。

サ症のほんの一例にすぎませんが、何かのご参考になれば幸いです。

 

初めまして、モモタ侍と申します。

2017年の夏頃、突然、サルコイドーシスと言う指定難病になりました。

サ症は、肉芽(にくげ)と言う肉の塊(かたまり)が体中にでき、正常な機能を妨げる病気です。

症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が、つらい自覚症状です。

*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

サ症とは?私の症状

サ症は体のいろいろな場所に良性の肉の塊が出来て、臓器や体の機能に悪さをする病気です。

私は、急性サ症(レフグレン症候群)と言う日本ではとても珍しい型のサ症です。

発症したのは突然で、数カ月の間に複数臓器に沢山の症状が出ました。

サ症があるのは 眼、肺、皮膚、神経、肝臓、脾臓 など 心臓を除くほぼ全てです。

今迄に経験した症状は、痛み、シビレ、疲れ、寝汗、飛蚊症、光視症、咳、息切れ、めまい、微熱、耳下腺の腫れ、筋力の障害など、実に多彩で、いくつかの症状は今も残っています。

よく見聞きする疑問

私は、市の難病支援センターでサ症の仲間相談員をしていますが、そこでサ症の仲間と話していて、各々の理解がバラバラに感じる事がよくあります。

これは、サ症と言う病気が持つ、以下の特殊性が原因だと思います。

特殊性1:症例が非常に少ない。(発症率は10万人に1人とも)

特殊性2:発生する臓器、自覚症状が人によって全く違い、多様である。

 

    以下は、ネットや相談会でよく見聞きするサ症の疑問・それに対する私の体験です。

    サ症は、自然寛解*が多いと聞くのが、放っておいても大丈夫?

    *寛解:症状が一時的に軽くなったり,消えたりした状態。再発の可能性もある。

    私もサ症になった時、全く同じことを考えました。

    発症当時、海外で働いていて、かつ多忙だったので、帰国せずに様子をみよう、とも考えました。

    しかし、この考え方は危険だったと、サ症のことを良く知った今は思います。

    サ症も含まれる、難病の定義(難病法)は以下の通りです。

    1. 発病の機構が明らかでなく
    2. 治療方法が確立していない
    3. 希少な疾患であって
    4. 長期の療養を必要とする

    ざっくり言うと、以下のような感じでしょうか。

    • なぜ病気になるのかも、病気の経過がどうなるのかも、分からない。
    • 悪くなっても適切な治療方法が分からない。  

    例えば、私の急性サ症(レフグレン症候群)は、一般的に予後が良いと書かれています。

    なので、最初、直ぐ治るものと大喜びしていました。

    しかし、徐々に肺機能や肺画像は増悪していき、3年目にステロイド治療に踏み切りました。

    今も、治る兆しは見えず、慢性化しそうな感じです。

    初めから優れた専門医に受診できて運が良かったですが、自分で判断していたら危ない所でした。

    難病は、その名の通り難しい病気です。 まず、専門医に診てもらうのが必須と考えます。

    参考資料:

    1. 難病情報センターHP→ 国の難病対策 →2015年から始まった新たな難病対策 →4)指定難病とは?
    2. 日呼吸会誌43(12),2005.:多彩な症状を呈したサルコイドーシス(Lofgren症候群)の1 男性例

    検査をどこまでやるか?

    自覚症状が無いのに、肺に気管支鏡を入れる検査まで必要?と言うのも良く聞きます。

    私は、最低1~2回/月の検査を受け、過去に2回、検査入院(各1ヵ月ほど)をしました。

    その中で、以下の2種類の検査は必須と思います。

    1. 確定診断を受ける為の検査
    2. 生命や生活に係わる臓器の検査(私の場合 眼、肺、心臓の経過観察)

    1.は、何の病気なのか知ると同時に、医療費助成制度を受ける為にも必要です。

    医療費助成制度は、難病のように一生付き合う病気は、必ず受けておきたい制度です。

    そして、申請には確定診断が前提になります。

    例えば、インフルエンザのように、サ症を特定する検査キットのようなものはありません。

    なので、他に疑われる病気の可能性を検査で排除して行き、サ症と確定させます。

    例えば、 私の場合、サ症の血液マーカーとされる sIR-2R と言う値が高値でした。

    これは、サ症の血液マーカーとされる一方、悪性リンパ腫でも高値になります。

    そこで、気管支鏡を使って肺の組織検査をして、サ症の確定診断を得ました。

     

    サ症は治療法が未確立のため、発症時とのその時々の状態との比較で経過を見ることになります。

    特に、命や日々の生活に係わる臓器は、医師の指導に沿って、定期的に見ることが大事です。

    また、発症時は、比較の起点になるので、その意味からも状態を正確に把握することが大切です。

    仕事が忙しいから、検査入院できないとの声も良く聞きます。

    しかし、自分の一生に係わること、最初にキッチリ見てもらえば、後々安心して過ごせます。

    自覚症状が無いから平気?と言う人がいますが、肺などは、よほど悪くならないと自覚症状が出ません。

    私の肺も発症時、何の症状もありませんでしたが、徐々に悪化しました。

    会社の定期検診を受けても、サ症の特殊な血液マーカー は検査項目にありません。

    またサ症の専門医が見ないと的確な判断が出来ません。

    いろんな病院をたらい回しにされた

    良く分からない検査や手術を勧められた。

    何年たっても病名が確定できない。 もよく見聞きします。

    これは、何でも話せて信頼出来る病院や医師と出会えてないのが原因では?と思います。

    病院や医師に恵まれていると感じる私には、こう言った疑問やストレスはありません。

    以下のような条件がそろっていれば、上記の疑問やストレスは少ないと思います。

    • 何でも相談でき、納得いく回答をくれる(新しい医療技術のある)専門医が多くいる
    • サ症は全身疾患なので眼科、呼吸器内科、循環器内科など 科をまたぐ横の連携が取れている

    となると、やはり総合病院や大学病院でしょうか。

    医師との出会いも一期一会、良い医師に早くめぐり会えることを願います。

    最後に

    難病をなめてはいけない、でも丁寧に接すれば、良い関係が築ける、気がします。

    それまで気付かなかった一つ一つのことがありがたく思えます。

    残る時間も、一日一日大切に使いたいと思います。

    いろいろな気持ちがぐるぐる回りますが、今が幸せと思えるのは良いだと思います。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました。

    透析 高齢の父を見守った体験談

    このブログは、私の父が高齢で始めた透析、それを見守った体験談を書いています。

    初めまして モモタ侍 と申します。

     

    この記事は、昨年末(2021年末)に亡くなった父が4年前、90歳を前にして始めた透析。

    それを、家族として見守った経験、直面した課題など 実体験に基づき書いています。

    同じような状況に直面している方々の、何かご参考になれば幸いです。

    高齢の父の透析

    ここでは父の透析に至る経緯、その後の経過について書いています。

    父の透析開始の背景

    私の父は、4年前、89歳の時、以前から悪かった腎機能が低下しました。

    病院からは、透析をしないと1カ月も命が持たないと言われました。

    その時、父の体は元気でしたが、ひどい物忘れの症状が出ていました。

    脳の画像に問題はなく、腎機能低下で脳にキレイな血がいっていない可能性を指摘されました。

    なので、透析で改善する可能性もある、との主治医の話でした。

     

    家族(主に父と母)で話し合い、父は透析を受けることになりました。

    今考えると、透析開始前に、今後について家族でもっと話し合っておくべきだったと思います。

    当時、私達は、透析の知識/どのような経過をたどるのか、知りませんでした。

    また、私自身、難病を発症し、10年ぶりに海外赴任から帰ったばかりの不安定な時期でした。

    そんな中で、父の透析は始まりました。

    透析を始めてみて

    透析は、毎週3回(月・水・金)で、午前中4~5時間/回 行われ、一生続きます。

    祝日、お盆、お正月でも、休まずに行かないといけません。

    なので、ポイントの一つは、近所の病院を選ぶことと思います。

    京都にあるその病院は、実家から車で10分ほどで、介護タクシーに送迎してもらいました。

    中規模の私立病院でしたが、大学病院とも連携し、最後まで心のこもったサポートをして頂いた事に、今も感謝しています。

    透析を開始して、1~2カ月程経つと、医師の見解通り、父の物忘れが急速に改善しました。

    父は仕事人として、80歳近くまで現役で、しっかりとした人でした。

    一瞬、昔の父が戻ったようで、家族みんなで喜びました。

    しかし、時間が経つにつれ、父であって父でない感覚に、母も私も陥っていました。

    透析開始後発生した問題

    ここでは、透析開始後に発生した父親の混乱、それに巻き込まれた家族の苦難について書いています。

    せん妄、相手の言い分を聞く大切さ

    透析を始めて2年近く経過した頃から、過去になかった、父の奇妙な行動が始まりました。

    • 夜中に庭を巡回したり、台所を掃除する。
    • 日中、庭の木の枝を切り、それを焼く。

    これらの行動は、徐々にエスカレートし、私は危機感を覚えました。

    特に、庭での焼きものは、火事のリスクから、一番頭を痛めました。

    厳しく注意をしてケンカになったり、消防署にも注意しに来てもらいました。

    しつこく説明し注意すると反省するのですが、数日経つとまた繰り返します。

    注意され続ける父はつらそうで、母や我々もストレスがピークに達していました。

     

    私は、これは認知症だと思い、神経内科に診てもらいました。

    しかし、今回も脳画像に異常はありませんでした。

    そこで高齢者を多く診てられる心療内科を紹介してもらいました。

     

    心療内科の先生は、入院などの環境変化による、せん妄(意識障害)の可能性を指摘。

    せん妄は、高齢者に多くみられ、夜中に症状が出ることが多いとのこと。

    眠剤(ハルシオン)ビール(アルコール)が、せん妄を助長した可能性もあり、眠剤を変え、ビールをこっそりノンアルに変え、少し症状はおさわりました。

    また、「なぜ焼きたいのか」聞いたところ「庭の雑草に誰かが火を付けたら火事になる」との答え。

    それは、あんただろう?と思いながらも、庭の雑草を刈ったら、ピタリと焼き物が止まりました。

    素人判断しない大事さ

    親が奇妙な行動をした時、私のように認知症と思う人が多いそうです。

    しかし、せん妄が原因だったり、内臓疾患老人性うつなど 他の原因も多いと本で読みました。

    高齢者の不可解な行動は、認知症やせん妄などさまざまな複雑な要因が入り混じるようです。

    今回も、本当にせん妄か、なぜそうなるのかは、医学的にわかりませんでした。

    ただ、認知だからしかたない、と放っておけば、更に悪化していたことでしょう。

    素人判断せず、専門医に診てもらうことが大切と感じました。

    【参考図書】 著書:先生!親がボケたみたいなんですけど 著者:和田秀樹  出版社:祥伝社

    透析を選択する難しさ

    父の透析は3年が経過しました。

    その頃から、体への負担が大きいのか、透析後に発熱することが多くなりました。

    水の溜まる量も多く、透析の時間も伸び、透析後はグッタりする日が増えました。

    シャント(透析の為、動脈と静脈をつなげた血管)の拡張手術の頻度も増えました。

    病院では、食事療法を守らないとか、いろいろ注意されていました。

    家では、(恐らく)せん妄による問題を度々起こし、家族から怒られます。

    父は、口癖のように「長く生き過ぎた」、「生きる意味がない」と言っていました。

    生き甲斐だった仕事も、好きなゴルフも出来ず、ただつらい透析を続ける毎日。

    透析が本当に良かったのか?悩むこともありました。

    父の透析を振り返って

    父は、結局、昨年の年末に92歳で亡くなりました。

    透析に行く時、車の乗り降りで転んだのがきっかけで入院、その1か月後の大往生でした。

    火葬場で、父の骨を見た時、とてもしっかりした足の骨に反して、胴体周りの骨はほとんどありませんでした。

    やはり、透析によって、無理に生かされていたのかな?と感じました。

    同時に、入院の1か月を除く約4年間、なんとか健康寿命を保って生きれたのも透析のおかげでした。

    最後に

    最近ニュースになった京都のALS患者(難病の仲間)の安楽死の事件。

    私が直面した父の透析など、本人が死より辛い思いをしている時、どうすれば良いか?考えます。

    医学の進歩に伴って、人は長生きできるようになりました。

    これは、間違いなく、素晴らしいことだと思います。

    ただ、生きがいを持ち、辛さのない長生き の方法を、みんなで考えないと「長生き」=「幸せ」にならないのではと?と感じました。

     

    最後まで読んで頂きありがとうございました。

    難病を機に 家計の見直し【難病と私6】

    このブログは、サルコイドーシスや難病の仲間に向け書いています。

    初めまして、モモタ侍と申します。

    4年前、突然 指定難病のサルコイドーシス(サ症)になりました。

    サ症は、体中にできる肉芽(にくげ)と言うできものが、体の正常な機能を妨げる病気です。

    症状は人それぞれですが、私の場合、痛みしびれ疲れ が辛いです。

    *サ症の詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。

     

    50歳を目前に難病のサ症になり、人生の後半にして、以前の健康な心身を失いました。

    今迄の生活や仕事の仕方を見直さないといけなくなりました。

    1. 以前のように仕事中心の体に負荷を掛ける働き方は出来ない。
    2. やりがいを感じていた仕事も、今後、お金の為(だけ)の仕事に変わっていくだろう。
    3. 収入も大きく減るだろう。

    ここでは、特に3.に関し、私が行ってきた、家計の見直しについて書いています。

    同じ悩みを持つ皆様の、何かのお役に立てば幸いに思います。

    家計の見直し、難病の体で働く方法

    これまでの経過から、私のサ症は恐らく一生付き合っていくものでしょう。

    私は無理の効かない体、負担を掛けれない心の状態で、今後どうやって、生きて行くか。

    休職で出来た時間を使ってこの答え探しをしています。

    家計の見直し

    以前10年間、海外の小さな会社で管理責任者をしていました。

    私がいたのは、フィリピンやロシアと言った新興国で、経済がとても不安定でした。

    その為、会社では、想定外の売上や収入の大幅な減少がよく起こりました。

    そのような時に、会社内部の支出を見直すことで、なんとか会社を潰さず10年間やってこれた経験があります。

    ここで思ったことは、経営は「守り(支出)を固めるとなんとかなる」ということでした。

     

    野球で例えると、打線はみずもの、だからドラフトで良い投手に指名が集まるのでしょう。

    家計についても同じで、収入はコントロール出来ないが、支出は出来る、と考えました。

    そこで下記のような項目について家計を見直しました。

    見直し項目
    • 携帯、インターネットの格安プロバイダへの切り替え
    • 買おうか、どうしようか迷ったものは買わない習慣づけ。
    • 電子マネー、電子クーポンのフル活用
    • 野菜の栽培を始めた。
    • 自分にスキルを付ける

    普通の項目ですが、通信費について言えば、年間15万円以上減りました。

    [char no=”3″ char=”モモタ侍”]節約で心がけているのは①始末(しまつ)とケチを間違えない ②自分の頭を使って楽しみながら節約ネタを探す です。[/char]

    電子決済、電子クーポンなど フル活用

    全国チェーンのドラッグストアでは、いろいろな(電子)クーポンが毎日、使えます。

    私が、よく使うスギ薬局では、携帯アプリや店頭でもらえる広告で、一品15%引き、全品10%引きなどのクーポンを入手出来る時があります。

    これらを上手く使うと、全体で消費税分ぐらいの節約が出来ます。

    ドラッグ(日用品)は消費期限も長いので、まとめ買いで、一括値引きが期待できます。

    同様に、コンビニでも携帯アプリを使うと値引きクーポンを入手できます。

    利用回数が増えると、ビール、コーヒーなどの無料クーポンがもらえたりもします。

     

    PayPay や au Pay など 電子決済では、定期的にキャッシュバックキャンペーンをやっています。

    この機会を利用すると、10%のキャッシュリターンがあったりします。

    また、PayPayで、あるメーカーの日用品を買うと、後で50%キャッシュバックされるキャンペーンも時々あります。

     

    これら電子決済チャージ+クレジットカード紐付けで、ダブルでポイントがたまります。

    1回の買い物で、複数回のディスカウントがされ、これを継続するか、しないかで 経費の削減効果は大きく違ってきます。

    「塵も積もれば山となる」まず、足元の支出の見直しをする事から始めてはいかがでしょう。

    [char no=”3″ char=”モモタ侍”]電子マネーの口座引落しが恐い方は、PayPay はコンビニからデポジットできます。[/char]

    野菜の栽培

    将来、家計の助けになるかも?と思い、プランターの野菜作りを始めました。

    春はミニトマト&バジル、冬はシイタケをキットで作りました。

    その後、ししとう、オクラ、イチゴなども作りました。

    イチゴは難しく、うまく行きませんでしたが、その他は比較的簡単に沢山収穫出来ました。

    (オクラは、アブラムシの対応に少し手間が掛かりました。)

    現実的に良く使ったのは、トマトとバジルでしょうか。

    もし、ネギを作れば、(私の家では良く使うので)採算面も良いのでしょう。

     

    鉢や小物などは100円均一を活用すれば1000円くらいで揃うと思います。

    苗木は一本200円くらい、土は20kgで800円くらいで毎年変えた方が良く育ち効率的です。

    以上の通り、投資は少なく元はすぐ取れると思います。

     

    それ以上に育てる楽しみ心の癒し効果、太陽のありがたみなど 新たな気づきが多いです。

    春~夏は野菜栽培を始めるのに良い時期です。

    自分で稼ぐ力を養う

    大きな会社で働くのは、福利厚生も整っていて素晴らしいと思います。

    一方で、歯車の一つになると、自分で考え、発想する力が退化するようにも思います。

    今回の新型コロナ禍で、働き方改革は加速するでしょう。

    労働力を最小限にITやAIを活用した新しい経営が増えるかもしれません。

     

    その為、会社に属さなず自分で稼ぐ力を養うことは重要と考えます。

    難病で通勤が難しい私にはWebマーケティングを習うのが適していると思いました。

    今後も需要拡大が望める数少ないエリアで、スキル習得しておいて損はないと思います。

    Webマーケティングにはいろいろな分野があり、記事を書くのが好きな人はWebライティングスキル。

    絵を書くのが好きな人はペンタブを使ったWebデザインなど楽しく学べます。

    タダ働きが嫌なら「クラウドワークス」とかに加入して学びながら、稼ぐのも良いと思います。

    私は、Webでブログのスキルを学びました。

    わからないことはWeb検索すると、みなさんが懇切丁寧にYou Tube等で説明してくれています。

    とは言え、この領域は既に開拓が進んでおり、このブログのアクセス数も良くありません。

     

    そこで、並行してこの2年間、行政書士資格の勉強をしてきました。

    昨年、2020年は落ちましたが、今年、21年は今の所、五分五分です。

    行政書士になれれば、外国での経験を活かし、入国ビザ関連の専門になりたいと思っています。

     

    私には難病になってから、一つの夢があります。

    それは、難病の当事者と日本で働く外国人と行政を結び付けて一つのビジネスモデルと作ること。

    今後、日本では、介護職の低賃金、少子高齢化により、介護者の不足化する見込みです。

    一方で、私が参加する日本語ボランティアでは、新しいビザで来日した外国人技術者の家族が、仕事をさがしています。

    マッチングが上手くいかない為、ある所で人材不足、ある所で人余りが起こっています。

    これらを自分の経験(IT、行政書士、外国での経験 など)を生かして、なんとか結び付けられないか?

    市のボランティアや当事者委員の活動を通して行政にも訴え掛けたいのです。

    最後に

    長引く非常事態宣言は、先行きの見えないトンネルを進んでいるようです。

    それは、私が10年間過ごしたフィリピンやロシアでの生活にも似た部分を感じます。

    そんな中にも、少しの光は常にあった気がします。

    今は、自分への蓄積の時間、今後に向けた「学び」に時間を充てるタイミングにも思います。

    いつでもピンチはチャンスでありたいです。

     

    最後までお読み頂きありがとうございました。

    インプラント治療 短期 無痛 【体験談】

    このブログは、歯に問題を抱えている。 しかし、時間が無い、痛いのが嫌い、そしてインプラントを検討中 の方に向け書いています。

    初めまして モモタ侍 と申します。

    私は、以前、海外で働いていたことがありました。

    ここでは、海外赴任中に歯が修復不能になり、一時帰国の短期間、無痛治療でインプラントにしたこと。

    その副産物として、気になっていた口臭が消えた体験を書いています。

    インプラント 私の実体験

    以下に、インプラントに至った経緯と一時帰国中の日本での短期・無痛治療の体験を書いています。

    何かのご参考になれば幸いです。

    *インプラント:抜歯した後に、人工歯根(ネジのようなもの)をアゴの骨に埋め込み、その周りを固定し、人口の歯をかぶせる治療法です。

    歯科治療の環境 海外(新興国)の場合

    私は、約10年間 海外(フィリピン7年、ロシア3年)で働いていました。

    日本人歯科医師のいない、新興国の歯科治療は、日本に大きく劣ります。

     

    ロシアにいた時、フィリピン時代から延命してきた歯が2本修復不能になりました。

    フィリピンでは、日本で歯科治療を学んだ現地人医師がいたり、まだ耐えれるレベルでした。

    しかし、ロシアは、虫歯になるとすぐ抜いてインプラントを勧められます。

    欧州やロシアには、歯の温存治療と言う概念が、無いように感じました。

    虫歯で痛いなら抜けば痛くなくなる、と言う発想のようでした。

    また、噂と思いますが、地方では注射針を使い回しているとも聞きました。

    いずれにせよ恐いので、日本で治療をする事にしました。

    短期、無痛治療

    保険内の通常治療でインプラントをすると、長い時間、何度もの通院が必要です。

    しかし、海外赴任は、現地を長く不在にしたり、度々 帰国も出来ません。

    そこで、地元の大阪で、短期治療のできる歯科をネットで探しました。

    結果、JR福島駅(大阪)付近で、短期集中、無痛治療 が売りのクリニックを見つけました。

    保険外の治療がネックでしたが、他に選択肢もありません。

    海外で歯にリスクを抱えて過ごすのは、不安やストレスが大き過ぎ、実質不可能です。

     

    口コミなどもよかったので、検査とカウンセリングを受けに行きました。

    とてもきれいなクリニック、高級感のある個室での治療、患者さんもセレブな雰囲気でした。

    私のようなサラリーマンには少し場違いな感はありました。

    予想した通り歯は抜いて、インプラントにするのがベストな選択となりました。

    1本 約70万円の見積もりでした。

    インプラント治療

    治療は、下記の計2回で、その後、半年毎の定期検査のスケジュールでした。

    1回目:歯を抜いて、その後に 人工歯根入れて土台を固める。

    2回目:土台が固まったら人工歯根の上に人口歯を入れる

     

    治療は麻酔で眠ってる間に行われます。

    その為、痛みは感じず、目が覚めると終わっていました。

    親知らずを抜く(ついで)一瞬、麻酔にも拘わらず、少し痛かったです。

     

    インプラントはしっかり付かない、途中で抜けた、とか悪い話をよく聞きます。

    しかし、このクリニックは、インプラントの土台作りから独自の技術で行います。

    お金は正直と言うか5年以上経過した現在も、全く問題ありません。

    おかげで、残りの海外生活を安心して過ごせました。

    このクリニックにたいへん感謝しています。

    口臭の改善

    口臭のきつい人と会話をするのは、とてもつらいものです。

    いくら会話の内容が素晴らしくても、それだけでイメージダウンになります。

    私にも 口臭があることを知り、悩んだ時期がありました。

    1)口臭に気付いたきっかけ:

    • ある時、妻に、口臭を指摘されました。
    • 以前からあったが、気分を悪くすると思い指摘しなかった。
    • その後は、口臭を感じる度に、指摘してもらう決まりにしました。

    教訓:口臭は自分でわからない。

      2)口臭専門医:

      • 大阪の阪急 服部天神駅付近に口臭ケア専門の歯科を見つけ、受診しました。
      • 臭いの強度や成分を機械で測定しました。
      • 私の場合、口臭は軽度で改善の余地ありと診断されました。
      • 歯の定期クリーニングの他、舌ブラシ、マウスウォッシュなど 指導を受けました。

      原因:

      • 昔から、胃が弱く内臓の問題と思っていましたが、違いました。
      • 歯科医によると口臭は、ほとんど口の中の問題とのこと。
      • 私の場合も、舌苔(ぜったい=舌の表面に付く白いコケ状のもの。臭いの原因))が一要因。
      • 不十分な歯の治療も一因だったようで、これはインプラントにして治りました。

      歯科での定期クリーニング

      インプラントなどの治療で口内環境も良くなり、口臭の指導も受けたので、帰国後、定期的に歯のクリーニングをしています。

      定期クリーニングをしている人は、歳を取っても自分の歯が残ってる確率が高い、との統計があります。

      歯磨きの指導もしてもらえますし、歯石や歯の着色も落としてくれます。

        歯のお手入れ道具

        現在、私が歯のお手入れに使っている道具を、参考までに紹介します。

        1)マウスウォッシュ:

        • CloSYS と言う輸入品が、劇的に口臭を止めた経験があります。
        • しかし、高価で入手も困難なので途中で止めました。
        • 今は写真のようなモンダミンなど を使っています。
        • 専門医曰く、ノンアルコールのものが良いそうです。

        2)舌用ブラシ:

        • 私は、舌苔がよく付くので、毎日、舌用ブラシでそぎ落とします。
        • 舌苔が付きやすい人には、口臭対策に非常に効果的と思います。

        3)タフトブラシ(写真 下側):

        • 歯ブラシが当たりにくい、歯の裏側など細部を磨けるブラシです。
        • 歯の定期クリーニングで知り、使い始めました。
        • 私は特に前歯の歯並びが悪く、裏側に汚れが溜まります。
        • 細部を磨くのは時間が掛かるので、入浴時にリラックスしながら、ながら磨きをします。

        4)デンタルフロス:

        • インプラント周りを中心に、毎歯磨き後にフロスをするよう指導を受けました。
        • 小林製薬の6本糸のピンと張ったものが切れにくく使っています。

        5)歯間ブラシ:

        • フロスは歯の間のゴミをかき出す。
        • 歯間ブラシは歯の根元のゴミをかき出す。 と、目的が違うそうです。
        • デンタルプロの15本入り、1mmサイズを使っています。

        最後に

        口内環境や歯の状態を常に良く保つ、大切さを海外に出て知りました。

        フィリピン人は、みんなキレイ好きで、一日に何回もシャワーや歯を磨きをします。

        貧富の差が激しいにもかかわらず、歯の矯正をしている人をたくさん見ました。

        フィリピン人は笑顔が素敵です。

        良い口内環境からきれいな歯が、きれいな歯から良い笑顔が生まれる気がします。

         

        最後まで読んで頂きありがとうございました。

        地震のそなえ 日本に住む

        このブログは、海外(かいがい)の仲間(なかま)に、日本のことを知ってもらうため書いています。

        初めまして「モモタ侍(ももたざむらい)」と言います。

        ここでは、日本の地震災害(さいがい)と準備についてやさしい日本語で書いています。

        何かのお役に立てばうれしいです。

        南海トラフ地震(なんかいとらふじしん)

        日本は地震がとても多く、9年前には東日本(ひがしにほん)で巨大(きょだい)地震がありました。

        今後、30年の内に70~80%の確率(かくりつ)で南海トラフ(巨大)地震が起こると言われています。

        多くの日本人も大きな関心(かんしん)を持っているので覚えておいてください。

        南海トラフ地震の被害(ひがい)の大きさは実際(じっさい)に起こらないとわかりません。

        しかし、気象庁(きしょうちょう)HPに一つの想定(そうてい)があります。

        • 静岡県から宮崎県の一部(いちぶ)で震度(しんど)7、その周辺(しゅうへん)で震度6くらいの強い揺れの可能性(かのうせい)があります。
        • 関東から九州の太平洋側(たいへいようがわ)の海で10mを超える大きな津波(つなみ)が起こる可能性があります。

        これ以外に、首都直下(しゅとちょっか)地震も30年の内に70%の確率で起こると言われています。

        参照HP

        くわしくは 気象庁HP → 南海トラフ地震 で検索(けんさく)下さい。

        地震の準備(じゅんび)、行動(こうどう)

        昔、関西(かんさい)であった大きな地震で私は下の体験(たいけん)をしました。

        • 大きな家具(かぐ)が体の上に倒れてきたり、頭の上にモノが落ちてきた
        • 水(みず)、電気(でんき)、ガスが数週間止まった
        • 電話がつながらない、電車は動かず、道もダメージで大渋滞(じゅうたい)が起きた
        • 周りの家で火事(かじ)が起こった
        • 海の近くでは大きな津波が起こる可能性もある。(津波は体験していません。)

        地震に向けた準備

        ここでは地震が起こる前に準備することを書きました。 地震は準備がとても大切です。

        1)家具の置き方

        • 大きな地震では大きな家具が倒れてきます。ホームセンターに売っているつっぱり棒(長い時間はたえれない)で固定する。
        • 高い所に重いものを置かない。 寝ている近くには倒れてもケガをしない高さの家具を置く。
        • 寝ている近くに懐中電灯(かいちゅうでんとう)、スリッパ、ホイッスルを置く。

        2)飲み水、食べ物を準備する

        飲み水、食べ物、日用品(にちようひん)がお店からなくなるので家族の人数分 準備する。 ふつうの地震で3日、大きな地震で7日分の準備が必要。

        • 飲み水:1人1日3リットルぐらい飲む。
        • 食べ物:ご飯、ビスケット、チョコレート、パン くさらない、長持ちするもの。
        • トイレット/ティッシュペーパー・マッチ・キャンドル・カセットコンロ。

        トイレの水が止まる可能性もあるので、水を大きなポリタンクやお風呂(ふろ)にためる。

        3)いつでも持っていけるバックの準備

        家から安全なところに避難(ひなん)する時のため、リュックサックに下記を入れ準備する。

        • 飲み水、食べ物:カップヌードル、缶詰(かんづめ)、ビスケット、チョコレートなど
        • お金、印鑑(いんかん)、通帳(つうちょう)、保険証(ほけんしょう)など 大事なもの
        • ばんそうこう、包帯(ほうたい)、アルコール、薬など 救急用品(きゅうきゅうようひん)
        • ヘルメット、マスク、軍手(ぐんて)
        • 懐中電灯、ラジオ、電池(でんち)、携帯(けいたい)電話の充電器(じゅうでんき)
        • 服、下着(したぎ)、毛布(もうふ)、タオル
        • 歯ブラシ、使いすてカイロ、ウェットティッシュ、携帯トイレ
        • ミルク・紙おむつ・ほ乳びんなど

        4)家族(かぞく)と会うための連絡方法(れんらくほうほう)

        地震で家族と離れた時のために会う場所(ばしょ)を決める。

        国土交通省の防災ポータル は災害に係わる各種情報がいろいろな言語で見れます。

        国土交通省の防災ポータルのポータルマップで避難場所、避難する道を前もって決めておく。

        大雨、津波など 災害の種類によって安全な避難場所が変わる時があります。

        ② 地震の時は電話がつながりにくいので 災害伝言(でんごん)ダイヤル171 を使う。

        • 171 に電話(でんわ)する。
        • 録音は1を押す/再生(さいせい)は2を押す。
        • 前もって決めた電話番号0X0 XXXX XXXXを入力(にゅうりょく)する。  例えば、父さんの電話番号と決めておく。
        • 1を押す
        • メッセージを話す。 例)お父さんはだいじょうぶです。
        • 9を押しておわり。
        • 再生を聞いた後に返事のメッセージを送りたければ 8を押して話す。

        地震が起こった時の行動

        地震が起こった時の行動について下記を参考にしてください。

        1)家の中にいる時

        • 倒れてくる家具や上から落ちてくるモノから頭をまもり、壊れない机の下になどにかくれる。
        • あわてて外に飛び出さない。
        • 火を消せるときは火の始末、火から離れているときはむりをして火を消さない。
        • 扉を開けて避難路を確保する

        2)モールなど 大きな建物(たてもの)の中にいる時

        • お店の人の言うことに従う
        • お店の人がいなければ、その場で頭をまもり、安全(あんぜん)な姿勢(しせい)になる
        • 上から落ちてくる照明(しょうめい)などの下から離れる
        • あわてて出口(でぐち)、階段(かいだん)に行かない。
        • エレベータの中のとき、近い階のボタンを押して、止めて、すぐ降りる

        3)家の外にいる時

        まず、安全なところを見つけ、そこにとどまり、動きまわらないようにする。 

        数日間は混乱(こんらん)が続き、救助活動(きゅうじょかつどう)は火事(かじ)や救急(きゅうきゅう)を先にする。

        • ブロック塀(へい)が倒れてくる、これらのそばから離れる
        • ビルの壁(かべ)、看板(かんばん)やガラスなど 落ちてくるので気を付ける
        • 駅など人がとても多いところは、人がドミノのように倒れる危険があり近づかない

        4)つなみの危険

        • 大きな/長いゆれを感じた、または「津波警報(つなみけいほう)」があれば、すぐに海から離れてできるだけ高いところへ逃げる
        参照HP

        上記の正確(せいかく)でくわしい情報は 首相官邸HP → 防災の手引きを見て下さい

         

        最後に

        日本では最近、温暖化(おんだんか)の影響(えいきょう)もあってか、特に大きな地震や台風などの災害が起こります。

        正直、私も大きな地震が来たらどうしたら良いのか?わからないかもしれません。

        ただ、災害には準備がとても大切なので上に書きました参照HPをみながら準備をしようと思います。

         

        最後まで読んで頂きありがとうございます。