このブログは、難病やサルコイドーシス(サ症)の仲間に向け書いています。
ここでは、2017年、約5年前に発症(約2年前ステロイド*治療開始)した私のサ症、3年の休職を経て、この4月から新天地で始めた仕事の経過について書いています。
この経験が、今後同じような道筋を歩まれる方の何かのお役に立てば幸いです。
*人体の副腎皮質と言う器官から分泌されるステロイドホルモンを基礎に作られた薬
再就職して8カ月経ちました
3年間の休職の後、この春(22年)に前の会社(電気メーカー)を退職しました。
そろそろ休職の期間も終わりに近づき、どうしよう?と悩んでいた所、前の会社のご縁で、別の業界・会社に誘ってもらいました。
4月からは、社会福祉と言う、全く新しい業界で働かせてもらっています。
3年ぶりの仕事、新しい通勤経路、新しい会社、新しい人間関係、何もかもが新鮮です。
不安もありましたが、あっという間に8カ月経ちました。
会社を変わって思うのは、あれほど悩み、何度も迷った転職が、以外にスッと出来た事でした。
私の場合、前の会社のご縁もあるので、どこか似た企業風土で恵まれていると思います。
通勤も前の会社の本社があった場所近くで、馴染みも深く、家から非常に近く、交通至便です。
復職した4年前、毎朝、会社へ向かう1歩が出ず、仕事中の1分1秒が辛く、過酷でした。
あの時を思い出すと、休職した事、転職した事、今幸せに生きている事、全てに感謝しています。
サ症発症から、5年も掛かりましたが、今こんな思いでいれること。
どんなに辛くても、自分に正直に、次に向けて準備をしていれば、必ず幸せな日が戻ってくる。
そう思えている人間が一人でもいる事を、知って頂ければ幸いです。
その変化は、このブログの最初→現在に至る、記事の変化を見れば、感じて頂けるかもです。
病気の経過
この一年のサ症の経過は安定していると言えます。
約2年前、プレドニン30mgで始め、昨年春 8mgで再燃して増量、再び減らし、今 7.5mgです。
昨春、再燃時、減量の補助にと、免疫抑制剤(メトトレキサート)と漢方療法を始めました。
私の場合、目標のステロイドの維持量は、5mgだと、呼吸器の主治医はおっしゃいます。
しかし、8mgを切る辺りから、痛み、疲れなどを感じ始め、精神も含め少し不安定になります。
ステロイドはサ症の勢いを抑えるもので、治すものではありません。
減らしすぎて不安定になっても本末転倒だし、反対に増やすと、副作用のリスクも高くなります。
なので、使い道に沿って、医師と相談しながら、ゆっくり量の調整をするのが良いと考えています。
新しい職場
私の転職した園(会社)には、保育所、特養、そしてデイケアをする施設があります。
ここでは前の業界と比べて、その違いに驚き、戸惑うことがよくあります。
まず驚きなのが、人の違い?と言うか。 本当に親切で、心優しい人が多いです。
一般企業と違って、お金や地位よりも、利用者さんの幸せが優先順位の人が多く感じます。
また、多くの介護士さん、保育さんの志が高く、常に勉強してる人も多い。
国家資格を沢山持っていても、また、次の資格に向けてチャレンジされています。
「一生勉強」とても大切な人間の習慣だと感じます。
福祉と言う仕事をされているせいか、マイノリティへの差別が少なく環境にも思います。
一般の企業では、私のような難病は、就職~就業に至るまで大きなハンディになります。
その為、難病を隠して面接を受ける人も多いと聞きます。
結果、就職しても、病気が無い時のように頑張りが効かず、サボってると思われる。
また、無理をして難病を増悪をさせてしまうケースが多くあります。
これは、表から病気が見えにくい難病者が直面する、大きな課題です。
私は難病の事を少しずつ、恐る恐るオープンにしました。
心配してくれる人はいても、ネガティブな反応は今の所、ほとんど感じません。。
介護や保育の世界は残念ながら、昔からの風評被害であまり人気がありません。
しかし、優しい人が多い事、ハンディキャップも受入れてもらえる差別の少ない環境。
これらアピールし、風評被害を薄め、多くの人が興味を持ってくれる業界にしたいです。
休職中の心の変化
以前、出向したフィリピンやロシアの会社は、採算が悪く、多くの希望退職を募りました。
その時は、黒字化する為、利益を出す為、それが正義と信じてやっていました。
難病になり、休職して、職を失うかも?再び働けるのか?不安な日々を過ごしました。
あの時、会社を去って行った人達の不安や痛みを当事者として味わった気がしました。
今の園も、採算が悪く、少し体質も古く、構造改革をしています。
構造改革とご縁があるのは、私の宿命のような気がします。
ただ、今回の構造改革は、今迄とは一味違うモノにしたい、と思っています。
今いる職員さんが一人でも元気になるような構造改革、そこに力点を置きたいです。
これまでの経験上、現実は甘くありませんが、多くの職員さんが納得いくよう、時間かけて話し合う。
そんな改革になれば、と思います。
一生勉強
福祉業界の人達は、いくつになっても勉強をして、また新たな資格にチャレンジします。
それが福祉業界を生き抜く為のスタンダードであり、仕組みのようです。
私も、転職先が無い時に備えて、休職中に行政書士の勉強を始めました。
既に現在2浪中、今回落ちると3浪目です。
現役で大学に行けたのは、運も大きいと思っていましたが、ここまで落ちるとは。。
言い訳になりますが、年を取ると記憶力が恐ろしく落ちます。
恐らくこの3年の間に、何回も同じ問題を解いているのに、何回も間違えます。
また、人生の先行きも見える中、落ちた時の切羽詰まった感じ、落ちる悔しさも薄れます。
そのくせ、試験終了後、なぜ何度も解いたはずなのに、なぜ間違えた?
サ症で脳がやられてしまったのでは? と泣きそうなくらいに後悔します。
それはさておき、私は勉強を継続する意味を、下記の通り考えるようにしています。
まず、勉強には衰え始めた脳を活性化する効果(ボケ防止)があると信じます。
また、(年と共に気付かない内に大きくなる)自分の驕りや過信を打ち砕く効果もあります。
自分は凄いのでは?と根拠のない過信をしても、自分は試験一つ受からない。
行政書士の上には、司法書士、弁護士と難しい試験、勉強のできる人が沢山いる。
ちっぽけな自分を我に返らせてくれる、これが私の勉強を続ける理由の一つです。
普通の毎日を大切に生きる
先日、大阪と奈良の間にある金剛山と言う山に山登りに行きました。
私は肺に疾患があるので、非常に気遣ってもらいながら、その道のプロについて登りました。
登りはやはり呼吸がしんどく、スタートして5分ほどでギブアップしそうでした。
それでも少しずつ慣れながら、なんとか山頂につきました。
登った爽快感と言うには、あまりにヘトヘトでしたが、少し自信が戻った気がしました。
ステロイド入院のリハビリで、ストレッチを始めて2年が経過しました。
健康を維持する為のトレーニングやストレッチ。
ジムでバーベルを上げるような派手さは無いけれど、呼吸の大切さ、階段の上り下りも意識すればトレーニングになるなど。
今迄考えて見た事も無かった「自分の体の事」、「健康の事」をコーチに教えてもらっています。
日常生活の身近に出来る事を一生続ける事が、健康につながる、と学び・実感しています。
最後に
福祉の世界はとても深いです。
恐らく、新入社員の時から、この業界に入っていても、まだ学び続けているでしょう。
ましてや、50代半ばから学び始めた私は、おおよそ何も身につけず、この世を去るでしょう。
でも、全く違った考え方、感じ方を持つ人達に会えた、何か大きなご縁を感じます。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
“難病 → ステロイド → 休職 → 転職【難病と私12】” への1件のフィードバック