このブログは、サルコイドーシス(サ症)や難病の方々に向け書いています。
初めまして、モモタ侍と申します。
2017年の夏頃、突然サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。
サ症*は「にくげ」と言う良性の肉の塊が体中にでき正常な機能を妨げる病気です。
にくげの大きさは目視~レントゲンレベル、皮膚表面~内臓までできます。
症状は人それぞれですが、私の場合、痛み、しびれ、疲れ が、つらい自覚症状です。
*詳細は、難病情報センターHP→ さ行→84サルコイドーシス をご参照下さい。
サ症は寛解する可能性も高い反面、その一部は長期化/難治化します。
発症確率は約10万人に1人と言われ、そんな病気になった私は運が悪いかもしれません。
一方で難病になって得られた体験もあり、それらを下記します。
心のつかえが取れた
私は社会的地位や学歴の高い人が偉い、と言った考えの家庭環境に育ちました。
なので、決してそうとは言えない自分に少し劣等感を持ってきました。
ただ、個人的には人間性や倫理観の素晴らしい人に惹かれてきました。
これら、二つの矛盾した価値観が私の中に共存していました。
サ症で入院した大学病院では命の危機に直面した多くの患者さんに会いました。
医療従事者の方々は全ての患者さんに分け隔てなく誠実に接してられました。
その大学病院の開祖である緒方洪庵先生は次のような言葉を残してられます。
- 名声や利益、安楽な生活を求めるのではなく人のために生きなさい。
- 人は貧富の差で差別されるべきではない。
- 常に謙虚な心を持ち相手を大切にしなさい。
- 苦しく厳しい状況下であっても、万策尽きるまで努力しなさい。
この医療現場には緒方洪庵先生の教えが生きており、私は感動すると同時に
心の中でつかえてた物が取れた気がしてキッカケをくれたサ症に感謝しています。
やりたいことは、その日のうちに
病気以前はやりたいことを先送りにする傾向がありました。
いつかどこかへ行こう、いつか何かを買おう、いつか何かになろう など。
難病になり残された時間が限られて気がして? 全てすぐやる習慣になりました。
答えのない将来の事を考え一喜一憂してた自分から今を生きれる自分になりました。
楽しいほうを選ぶ
「石の上にも三年(がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえ)」と教えられてきました。
しかし、病気をして3年先があるのか?不透明になりました。
また、我慢のし過ぎが難病の原因にもなった気がしました。
どうせ限られた時間なら我慢より楽しい方を選ぶことにしました。
今は、少しでも多くの楽しい事で時間が満たされるよう行動しています。
早起きや満員電車がムリ! と言う理由で会社員を辞めて成功した人もいるそうです。
過去の我慢を全否定しませんし社会生活では我慢無し進めないこともあります。
しかし、我慢が美徳と言った昭和の発想に修正が必要とも感じます。
出来る範囲でより楽しい方を選ぶ、それが令和の価値観でも良い気がします。
バランスをとる
休職で仕事を離れて職場以外に自分の居場所が無い事を痛感しました。
そこで市の日本語ボランティア、難病者当事者委員など居場所作りを始めました。
自分の居場所は会社と言う狭い世界だけだった事に気づくのに時間が掛かりました。
以前、仕事もそこそこに趣味に生きる人を見て軽蔑していました。
今は私こそ会社以外に居場所のない住む世界の非常に狭い人間だったと思います。
居場所を探し適応させる自信がなく仕事に逃げていたのかもしれません。
以前働いていたフィリピンの仲間にバランスが大事と教えられました。
仕事だけ、趣味だけ、でなくいろいろなバランスを取りながら生きるのが良い気がします。
最後に
難病になり死と言うものが少し身近に感じられるようになりました。
地位も財産も死後には持っていず、いかに楽しく生きれたかのみが残る気もします。
これらが難病になった後、私の価値基準になっている気がします。



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