このブログは、人生の折り返しである50歳を目前に突然、避けられない大きな困難に直面し
この先どうしよう?と悩んでいる方々/その糸口すら見えない方々に向けて
私の難病経験が何かの役に立てば、と思い書いています。
初めまして、モモタ侍と申します。
2017年春、50歳を目前にサルコイドーシス(サ症)と言う指定難病になりました。
それまで大きな苦労もなく生きてきた私にとって一番大きな・避けられない困難でした。
情けなさ、みじめさ、理不尽さ、憤り ありとあらゆる負の感情に心が折れかけました。
しかし、時間経過といろいろな試みにより難病と付き合いながら前向きに生きています。
サ症を発症した頃
2017年 難病発症当時、私は仕事でモスクワ(ロシア)に赴任していました。
子供の頃から集団行動が苦手で会社に入っても何か組織が好きになれず
日陰のキャリアを歩いてきた私にとって、夢であった海外での10年は まさに適材適所
フィリピン→ロシアでの赴任中に会社の評価・タイトルもあがり調子に乗っていた時期でした。
春先から手足に関節痛があり、足が腫れてるように感じましたが原因はわからないまま経過
7月頃、急に下肢がパンパンに腫れ、目には虫が飛び(飛蚊症)、足に赤いブツブツができ
胸のレントゲンを撮るとキノコ雲のような白い影 沢山の全体症状が一気に出ました。
これは普通ではない、と一時帰国して大阪の大学病院で約一か月間「検査入院」をしました。
「検査入院」とは病名がわからない時、入院して 血液検査、MRI、内視鏡、生検など
あらゆる角度から検査をして、可能性のある病名を絞っていく手続きです。
結果、サルコイドーシス(サ症)と言う指定難病と判明しました。
サ症は全身至る所に「にくげ」と言う良性の肉の塊ができ臓器に悪さをする病気で
発見から100年近く経った今も、原因不明で治療法が確立されていません。
経過は自然に治るものもあれば(私のように)多くの臓器にサ症があり+ 高齢発症の場合
予後は一般的に悪いと言われています。
日本で待っていた困難
日本の大学病院での「経過観察」が必要となり海外赴任を断念、帰国となりました。
「経過観察」とは定期通院して(私の場合)血液、肺、心臓の検査をして病勢を見ます。
治療法が確立されてないので経過観察をして病気の変化にその都度対処するしかありません。
仕事はしばらく休んで職場復帰のタイミングを探りました。
難病は一生付き合うものが多く休んだからと言って良くもなりません。
投薬を工夫し、生活を調整し、時間を掛けて別人のように衰えた体に慣れるしかないのです。
上記より復帰のタイミングがわからず見切り発車で19年初に職場復帰をしました。
この年は、50年で初めて経験する地獄のような1年でした。
・10年ぶりの日本は外国と同じで人や生活環境に慣れるのが大変でした。
・初めて経験する難病の症状が次から次へと襲い掛かってきました。
・疲れや痛みなど難病の辛い症状は人から見えずさぼってるとみなされたのは辛かった。
・会社は10年の間に外資となりついてこれない者への風当たりは強く感じられました。
経営悪化で本社が移転、駅から海風の強い道を2-30分歩かねばならず
当時、症状が出ていた足を引きずりながら屈辱で泣きながら通勤していました。
その時辛い目にあった辛さや恨みはたぶん一生消えないでしょう。
同時にその時助けてくれた人の恩も一生忘れないと思います。
お粗末ながら自分が体験して初めて人の冷たさ/温かさを知った気がします。
今は私のように辛い思いをしている人の何か力になれないか?と考えます。
まず心と体を休める
職場復帰から1年で心が折れて会社に向かう一歩がでなくなりました。
「会社の為に」と言う父親の考えに大きな影響を受け同じ気持ちで働いてきました。
が、この件で会社に裏切られた気がして「こんな会社辞めてやる!」と考えました。
しかし、「これまで頑張った権利」との妻の助言で休職制度を使う事になりました。
当時、働きもせず会社から休暇やお金をもらうなんてみっともない!と考えていました。
しかし大企業かつ創業者が福祉活動をされていた為、会社の福利厚生は厚かった事が幸いし
休職期間で体も心もすっかり回復しました。
周りに遅れを取るとか、戻った時に職場のポジションが無いのでは?とか休職をネガティブに
とられる方も多いかもしれません。
しかし、健康を失った心身は休めないと悪い流れを更に悪くする可能性が高いです。
仕事から離れてみると世の中はもっと広くまだまだ居場所があると考えられました。
心身が悲鳴を上げている時は逃げても何でもよいのでしばらく休む、お薦めします。

ストレスと難病
ストレスがサ症の病勢を左右する、と言う症例報告*があります。
*サ症とストレスとの関与:日サ会誌2009;29:3-7
私の場合も、当時勤めていた日系メーカーが台湾企業に買収されました。
また住んでいたロシアは欧州からの制裁でとてもハードなビジネス環境でした。
そんな折、難病を急性発症しました。
50歳前後の体が変わる時期、強いストレスの前に健康はモロくも崩れ去りました。
この時期に、体を壊したり、亡くなった会社の人を多く見ました。
無策・無責任・無能なトップが会社をおもちゃにして、現場の人間がその責任を負う
悲しいですがそれが世のしくみで、抗うことができない事に無力さを感じます。
逆に言うと世の中なんてその程度、強いストレスが襲ってきたらさっさと見切りをつけましょう。
最後に
今は昭和のように24時間働くなんて言う考え方は皆無でしょう。
嫌なことはハラスメント等で対策もできます。
しかし、この先世の中は厳しさを増すでしょう。
日本の少子高齢化、日本経済の衰退やAIに仕事を取られるなど
違う種類のストレス要因が増えるかもしれません。
しかし、人は基本楽しく前向きに生きていくのが良いように思います。
うまくストレスをかわしながら仕事、仕事以外も楽しく過ごせればと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。


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